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投稿No.6924
投稿者 さとみ (32歳 女)
掲載日 2018年2月13日
投稿No.6915の続き

文学研究科博士課程後期2年目26歳のK君との交際は順調でした。
呼び方も最初からしばらくは、私を「先生」とか「さとみ先生」などとよそよそしく呼ぶところもありましたが、最近は娘の前では「さとみさん」セックス中、特に射精する瞬間は「さとみ!」です。

週末はほとんど娘と3人でデートをして、私の自宅にK君がお泊まりしてくれるようになり、娘は本当に楽しみにするようになりました。
まだ3歳なので「ヤダヤダ!」の自我には目覚めていませんが、ちょっとした甘えのわがまままをK君に言うほどに…。(早朝から夜まで保育園生活の娘は、刺激が多いためか、知育も言葉の覚えも早いようです。)

お泊まりの夜は、夕食を共にし、K君に最初に入浴してもらい、私と娘が入浴します。
娘の歯磨きを終え、K君の来訪で興奮し、遊び疲れて娘が寝室でぐっすり眠ると、(来客の興奮で頑張って眠くても無理する分、歯磨きを済ませると早々に、バタンキューで寝入ってくれます。)そこで、やっと私とK君の時間がやってきます。
二人パジャマ姿で、居間のソファーで寛いでいると、新婚生活ってこんな感じなのかな…と不倫相手の子どもを産んだ、訳ありシングルマザーの私は未知の体験に、心が踊ってしまうのでした。
そして、K君に歳甲斐もなく、甘えてじゃれつくと、すぐにエッチが始まってしまいます。

最近K君は、照明リモコンでちょっと照明をマイナスにしてくれたりします。
お互いにパジャマを脱がせ合い、K君の手は私の胸とアソコに、私の手はK君の股間の勃起へと向かいます。
全裸になると、エアコンの温度設定を上げて、ディープキスの応酬です。
数ヶ月前まで童貞だったK君も、舌の絡ませ方や吸い方がとてもエッチになりました。
私の舌に自らの舌を絡ませるだけでなく、私の舌を丸々唇で吸ったりします。
私の全身を愛撫したり、私の性感帯(特にクリトリス)を上手に捉えてキスをしたり、舌先で舐めたり吸ったりするのも上手になりました。
私が痴女のように、あれこれK君に仕込んだ結果でもありますが…。

K君を無理やりカレシにして童貞を奪ったのは私でしたが、それから、今に至るもK君がちょっと早漏気味なのは変わりません。
だから、最初はフェラで抜いてあげています。
また最初から避妊をしないで中出しセックスを覚えてしまったK君は、私の思惑にはまって、コンドームを装着したセックスをしません。
避妊の配慮はセックスが始まってしまうとどこかに飛んでしまうようです。
もちろん妊娠することに無知な訳ではありませんが、私が生挿入を求めると、やはり抑制が効かないようです。
もちろん妊娠する!(させる!)という本来の男女の生殖活動である本能的なセックスを耽溺してきた私は、K君にも私への中出しするセックスを堪能してほしくて、さらには、私の密かなデキ婚狙いもあり、毎回中出しセックスなのです。
ピュアなK君が私の野望に気付いているかどうかは、推し量ることはなかなかできませんでしたが、すでに私とのセックスに心身ともにハマっていることは確かでした。

ある時生理期間で、性欲の強い私でもセックスしたいとは思わかった…というより早く生理が終わって、胞卵期から排卵期に入る頃K君とセックスすれば、あわよくば!などと先のことを考えていた時のことでした。
夜半にK君からLINEで、今から私の自宅に来たいという連絡がありました。
私が平日の夜なのに何事だろうと、直電に切り替えて通話すると、どうやら婉曲的にエッチしたいとの催促でした。
私は生理中だからと断りつつも、「あとちょっと…数日だけ待ってて。」と伝えると、素直に納得してくれました。
ムラムラしていても決して私への優しさや配慮は忘れないK君です。

K君は、贔屓目に見なくても、私を性欲の捌け口だけの対象にしていないことはわかっていました。
なぜなら、私の自宅に来た時はしっかり、娘のことも配慮して、遊んだりしてくれていたからです。
もう次の胞卵期から排卵初期までに、K君と中出しセックスするしかないと私は決心しました。
ちょうど、K君が私の自宅にお泊まりする約束をした週末とも重なっていて、妊娠のチャンスでした。

そんな週末、K君が私の自宅にお泊まりに来ました。
K君は真面目にお泊まりグッズを持って来たので、私はこれ幸いと、衣装タンスにK君コーナーを設けて、私が用意した、K君の下着やTシャツ、パジャマなどをしまいました。
それから、K君の食器やお箸に歯ブラシなどを買い込んで、すでに同棲生活の準備を始めていました。
私にとっては夢見た生活です。

エッチをする時は居間のテーブルをよけて、K君のお布団を敷き、パジャマを脱がせあって、布団に潜りました。
当然ディープキスからエッチが始まります。
K君は私のショーツを脱がせ、(パジャマですから私はノーブラです。)自分のトランクスも脱いで、お互い全裸になると、K君のリードで、私の首筋へのリップから始まり、乳房を揉みながら、乳首責めが始まります。
K君は舌をいやらしく動かして、吸い舐めして、私を快楽の渦へと落としてくれます。
さらに私の性感帯の背中やお尻、太股を舐め吸いしながら、陰部へと舌を這わせて行きます。
そしてすでに濡れた襞やクリ責めへ。
さらに私の膣口に舌を捻り込み、私のエキスを音を立てて吸いながら、クリを舌先で転がしたり、強く吸って引っ張ったりします。
もう「もっとこうして、ああして…。」という私の痴女的な指導は必要ありません。
私は挿入前から、K君のクリ責めでイッてしまいます。
クリと恥骨をグリグリとマッサージするテクニックも身に付けてくれました。
私が堪らず淫らな声を発してイキ果てると、しばらくして今度は私がK君にご奉仕する番です。

K君は以前にも紹介したとおり、180cm近くの長身でやや痩身です。
高校時代は硬式野球部のピッチャーだったらしいのですが、3年間控えだったそうです。
学部生時代は、軟式のサークルにいたので、マッチョではありませんが、ほどほど筋肉がついていて、私の好きな体型(細マッチョ)でした。
大学院に進学してからはスポーツをしていないので、色白です。
だから勃起したぺニスは充血でややどす黒くなり、長めのぺニスは勃起するとおへそに達するくらいありました。

フェラをしてあげるのが好きな私でも、奥まで咥える咽喉部まで達する程でした。
ですから、亀頭以外は横から加えて爬虫類のように、舌を出し入れして、ぺニスに絡めて舐めてあげました。
また睾丸舐めは、くすぐったいらしく、時々女の子のような声を発しました。
それが可愛くて私は丹念に睾丸を口に含んでは、丹念に舐めてあげました。
そうして硬直したぺニスの裏筋を中心に舐め回し、亀頭を口に含んでは、舌を絡めて、唇でしごくようにすると、毎回K君は私の口内に最初の大量射精をしてしまうのでした。
この口内射精は、私たちのセックス必須のルーティーンのようなものになりました。
もちろん毎回ごっくんした後、K君にはちょっと休んでもらって、私はマウスウォッシュでうがいです。(粘性が強く、大量射精のK君の精液は、何回唾を出して飲み込んでも、口腔内から取れないくらいエネルギッシュです。)

私が布団に戻って、抱き合ってディープキスから再開して、再びクンニをしてもらうと、合体の準備完了です。
K君はディープキスだけで、復活してしまいます。
毎回、一晩中、いろいろな体位で、3回以上、中出しセックスに勤しみました。
特に対面座位から突き上げられ、騎乗位になってさらに突き上げられると、K君の長いぺニスが私のボルチオを刺激します。
私がちょっと激しく腰を振ると、K君はたちまち、骨盤を痙攣させながら、私の中に精液を中出ししました。
私はK君の精液が尽きるまで、毎回、何度も求めました。
K君は賢者タイムが短く、すぐに復活して、私は毎回飽くなきセックスを堪能できました。

それでも飽きたらず、時には、変化を持たせようと、私は深紅のぺビードールにTバックショーツ、ガーターベルト、網タイツで、K君を誘惑し、キッチンで立ちバックプレイをしたりして、二人のセックスを盛り上げました。
そんなこんな誘惑をするとK君のセックスも、より野性的になり、私もK君の長いぺニスで、後ろからボルチオを刺激され、より淫乱になって戯れました。

さて、そうして私の性欲も常に満たされ、平穏なお正月を迎え、私の母も上京し、穏やかな年末年始を迎えた頃、私の生理が止まりました。
私は生理が極めて順調です。遅れても2日3日程度です。
大学の冬季休業が終る頃、私は妊娠を確信しました。
生理が止まり3週を過ぎ、念のため市販の妊娠検査試薬で確認すると、妊娠反応が出たので、2ヶ月経過で婦人科に通院したところ、「おめでた」を宣告されました。
その間もK君との濃厚なセックスは続いており、いつもの週末セックスを散々楽しんだ後、K君の精液にまみれたぺニスにフェラをしてあげた後、K君に肩を抱かれながら妊娠を伝えました。

K君は、賢者タイムの中、うつ伏せになり、ちょっとうつむいて、枕を抱えて一瞬考えていましたが、すぐに笑顔で、
「こんな場面で、さとみさんには申し訳ないんですが・・・。」
と語り始めました。
私は布団にくるまってドキドキしながら、K君の次の言葉を待ちました。

「こんな場面で、こんな姿でごめんなさい!でも!僕と結婚してください!」

とプロポーズされました。
私は言葉もなく、K君に抱き着いて泣きました。
嬉しくて嬉しくて泣きました。
K君は私の髪を優しく撫でて、キスをしてくれました。

それから、K君はすでに私との交際を両親に伝えてあること。私の身上も伝えてあること。結婚しても自分に経済力がない不安などを淡々と話し始めました。
私からは生活には問題がないこと、私学共済組合から、出産祝金が支給され、出産費用は問題がないこと。産前産後計6週は有給であること。問題と言えば、育児休暇は無給になるけれど、早めに復帰すれば、それまでは貯金の切り崩しで何とかなること。などを話しました。
K君も、大学院前期課程から続けている、塾講師や高校講師のバイトを続けて頑張ること。D論を出したら、学位取得に関わりなく、修了し、定職に就くことを決意している旨を語ってくれました。
なにより、私と結婚したかったことを強調して語ってくれました。

「これからは、しばらくエッチできなくなるけど…私…お口で頑張っちゃう!お股でエッチする方法だってあるんだよ!」と言うと、
「そんなことより、Sちゃんの弟妹…絶対生んでくださいね。僕も父親になれるよう頑張ります!」と決意表明してくれました。

その晩は、手を繋いでK君に抱かれて、今までにない幸せな安定した気持ちで眠ろうとしましたが、かえって興奮して、あまり寝付けませんでした。

その後、私は最初の出産までのいきさつをK君のご両親宛に手紙にしたためました。
私の母も急遽上京し、K君のご両親にご挨拶しました。
K君のご両親も、私の自宅に遊びに来て、娘を可愛がってくれました。
K君のご両親は、将来性も希薄な文学専攻の息子の将来を憂いていたらしく、大学の教員である私とのデキ婚には、むしろ歓迎してくれました。
そしてすぐに私はK君と入籍しました。
恩師を敬愛し、やがて不倫関係となり妊娠出産をして、子どもは認知されず、訳ありシングルマザーになった私の人生が逆転したのです。
父親を得た娘はもとより、正式な配偶者、さらには、新たな子どもを授かった私は、突き詰めるところ、認知をせずに、社会的な地位を与えてくれた元不倫相手の恩師に感謝をしています。

さて、正式な新婚生活は入試業務、卒業式業務を終えて、春休みに入ってからになりますが、K君との通い婚は続いています。
今は、中出しセックスは控えていますが、K君は私のフェラと口内射精で満足してくれているし、ローションを使ってお股で射精する行為でもK君は何回も射精してくれます。

つわりですが…少しずつ始まりかけています。
初産の時より今のところ軽いようです。
さすがに、炊飯、石鹸、シャンプー、柔軟剤の臭いはきついのですが、K君の精液は不思議と大丈夫です。

将来、K君も男ですからちょっとくらい浮気をするかもしれません。
でも、しばらくは私とのセックスで繋ぎ止めておける。そんなちょっとした自信は秘めています。

不倫からの妊娠、出産。訳ありシングルマザーになった私の、「人生やり直し」の野望は今のところ達成したと感じています。

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カテゴリー:恋人・夫婦
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投稿No.6923
投稿者 ムーンヒルズ (47歳 男)
掲載日 2018年2月12日
この冬の寒波襲来で女性の柔肌と生暖かいオマンコが恋しい昨今なので、だいぶ前に体験した極寒の地での熱い想い出を語りたいと思います。

当時熱を上げていたテレクラで出会った25才のMは北陸出身で妹と二人で東京暮らしをしているOLだった。
純朴な少女が都会の生活でアカ抜け大人の女になりかけている感じで、容姿・声・仕草、そして爽やかな色気が企業戦士の私には堪らなかった。
寒さの厳しい雪国の人は脂肪を蓄える力と脂肪を燃焼する力に優れているので抱き心地も最高で床上手も多いのは頷ける。

Mと肉体関係を築いて半年ほど経った頃、海外旅行に誘うことに成功した。
行き先は極寒の地・アラスカ。
目的は別にあったが興味のあったエスキモー体験をすることができた。

凍てつく極寒の中で「一日体験」をした夜のことです。
人間、死への恐怖を察知すると生存本能が研ぎ澄まされるというが、その夜はまさにそうだった。
天然アザラシの特製寝袋に二人で入り(素っ裸)、密着してじっとしていると徐々に血の気が湧いてきて、気付くと夢中で Mに挿入してピストンしていた。
私は生きてる充実感と込み上げてくる性欲の赴くままにセックスに没頭した。
Mのオマンコの中は異常なほどに濡れ肉襞がチンポに吸い付き射精を促してくる。
そして…初めてMの中で果てた。

その時は幸い妊娠には至らなかったものの、帰国してからは会うたびに激しく求め合うようになり、自然の流れで中出しするようになった。
Mも「中出し」の快感に目覚めていたと思う。

それから数ヶ月過ぎたある日、Mから妊娠したと打ち明けられ、今後のことを話し合おうとしていた矢先に突如私の前から姿を消してしまった…。
以来、Mとは音信不通である。

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投稿No.6918
投稿者 春彦 (38歳 男)
掲載日 2018年2月08日
風俗で出会ったM(30歳)は重度の「セックス依存症」で毎日エッチしないと不安でパニックになることもあるため、夫公認でデリヘルのアルバイトをしていた。
夫はやむなくMに「避妊対策」を施し、たまにお客として会いに来ていた。

そんなMと昨年の夏からSFとして付き合っている。(夫公認)
中出しの精液を膣中に溜めて帰り、夫に見せているというので、「連射」してそのまま帰したら途中で漏れ出したためにパンティからヘアーが透けてヌルヌルだったらしく、それを見たご主人が異常に興奮して激しく求めてきたという話を聞いてからは、時々「連射」して帰している。

Mは脱ぐとスレンダーボディだが敏感な乳首と細いくびれから形のいい美尻の持主。
特に太腿の内側と尻穴の横にある淫乱ぼくろがセクシーで、性格は優しく従順でハードプレイ以外はすべてOKのご奉仕妻。

昨年末に三人で温泉旅行に行ってきた時の話です。
Mの旦那さんが自分の妻が見知らぬ男に抱かれている様子を「覗きたい」というので、離れにある露天風呂でのセックスを覗き見させることにした。
刺激的なプレイを見せようとMと打ち合わせてから始めた。
湯ぶねの中で抱き合って濃厚なキスを交わし、湯縁に寝かせたMの両足を拡げてクンニしてから卑猥な言葉責めをしながら69で淫行にふける。
覗かれている感覚はいつも以上に興奮を掻き立てられて、様々な体位でMの口唇をイラマチオで攻め続け、嗚咽まじりでピストンに喘ぐMにお湯を浴びせつけて四つん這いにすると、背後からオマンコに挿入して体位を変えながらピストンを続けた。
フィニッシュが近づくと旦那さんに結合部がよく見えるように腰の上でグラインドして膣中で発射。
すべてを覗き見していたご主人を呼んで交代すると、Mの前で両脚を開き陰唇を拡げて膣内を確認して指で精液をかき出して自分のモノを挿入。
わずか数分で射精した。

二泊三日の旅だったので翌日は3Pに、男二人でMを悦ばせた。

旅の合間にご主人にMが妊娠した時のことを確認すると、その時は自分たちの子供として育てていくと真摯に語ってくれたので、その時までは今の関係を継続していくつもりである。

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投稿No.6916
投稿者 雄ちゃん (19歳 男)
掲載日 2018年2月07日
一昨年の夏休みのことです。
私(雄輔)は高3の受験生で高校近くのファミレスでドリンクバーのみ注文して勉強をしていました(お店からすると迷惑な客だったと思います)。
週末の日にあるカップルが隣の席に座りました。
しばらくちょっとした言い合いになっていました、いけないことですが聞き耳を立てるとどうやら別れ話をしているようでした。
男性のほうがお金を置いて先に席を立ってしまいました。
私は隣の女性を見ると同級生(俊雄)の姉(麻依さん)でした。
お互いが知り合いの為ちょっと気まずい雰囲気に、麻依さんは「ちょっと時間いいかな」と言って私の向かいに座り話を始めました。
麻依さんは私より4歳上で短大を卒業し地元の企業に就職、先ほど話をしていたのは高校時代からつきあっていた同級生。
相手に二股をかけられていて先週もエッチをしていたそうです。
俊雄とは小学校からの友人でそのため麻依さんも必然的にそのころからお互いのことを良く知っていました、麻依さんは小さい頃はお姉さん的な存在でした、胸がどんどんおおきくなっていきました、私もエロ知識が身についていきました、そして気が付いたらズリネタにしていました。
麻依さんから「雄ちゃん、ちょっと時間いいかな、帰りは○○駅まで送るから」と言われました。
私も勉強の息抜き、小さいころからよく知っている麻依さんからの頼みの為「麻依さん、いいよ」と言いました。

麻依さんの車に乗って移動しました。
麻依さんは先ほど別れたばかりの彼氏のことを語っていました。
詳細な内容は覚えていませんが決していい内容ではなかったです。

そしてついた先はラブホでした。
私が驚いていると
麻依さん「雄ちゃん、勉強ばかりじゃいけないよ、たまには息抜きも必要だよ、私もちょっとムシャクシャしているし」
私   「えっ、でも…」
麻依さん「雄ちゃん、よく俊雄とAVの交換しているでしょ、本当はエッチしたくてたまらないでしょ」
私   「そうだけど、ムシャクシャしたからって、…」
麻依さん「夏休みに雄ちゃんが遊びに来た日、その時私のパンティがなくなっていたんだけど、雄ちゃん知らない?」
私   「ごめんなさい、麻依さんのことズリネタにしていました、麻依さんで童貞卒業したいです」
麻依さん「合格、よく言えました」と言ってキスをしてくれました。

私は麻依さんに手を引かれてホテルの中へ、ホテルは観光地のホテルとは違ってヨーロッパ風庭園(?)のような創りでチェックインもタッチパネルでフロントがないようでした。
部屋を選ぶとエレベーターが自動で稼働して目的の階がセットされていました。
私はすごいすごいとはしゃいでしまいました。

部屋に入ると通路があり奥に大きなベッドがありました。
私はベッドに座ると麻依さんはキスをしてきました、麻依さんは舌を絡めてきました。
ちょっとびっくりしましたが、私も舌を絡めました。
おそらくすごく下手だったと思います。

麻依さん「シャワー浴びよ」と言って私の服を脱がせました。
恥ずかしながらすでにギンギンに勃起していました。
麻依さんも驚いた様子で「おちんちん元気だね、でもまだ精子だすのははやいよ」と言いました。

麻依さんも服を脱いでいきました。
麻依さんの身体はすごくきれいでした。
当然ですがAVの映像より実物のほうが興奮しました。

麻依さんに促せるままにシャワーを浴びました、ただ体を洗っているだけなのにすごく気持ちがいいです。
先に体を洗ってもらいベッドで待つことになりました。

しばらくすると麻依さんはバスローブを着てきました。
麻依さんは隣に座るとキスをしてバスローブを脱ぎました。
私は麻依さんのおっぱいを触って揉み、乳首を吸いまくりました。
麻依さんはくすぐったいと言っていました。
「雄ちゃん、おっぱいすきなの」と聞いてきました。
「麻依さんのおっぱい柔らかくていいです」というと麻依さんは
「挟んであげる」といってパイズリをしてきました。
前に麻依さんの下着を拝借した際にブラジャーを確認した時はFカップでした。
すぐに射精しそうになり
「麻依さん、出そうです」というと
「出してもいいよ」と言ってくれましたが、
「最初はおまんこに出したいです」と言いました。
麻依さんは笑って
「雄ちゃん、スケベ、いいよ、おまんこなめて」
と言ってきました。

私は麻依さんになめ方を指導されながらひたすらクンニしました。
しばらくすると麻依さんのおまんこが濡れて汁が出てきました。
麻依さんは
「おちんちんいれてもいいよ」
と言いました。
私は麻依さんのおまんこにおちんちんを入れようとしましたが、入りません。
焦っていると
「もっと下、違うんじゃないかってくらい下のところに入れてごらん」
と言ってくれました。
私は半信半疑で言われたところにおちんちんを持っていくと入っていきました。
麻依さんは
「おめでとう、雄ちゃんの童貞もらっちゃった」
と言ってくれました。

麻依さんは
「動いていいよ」
と言ってくれました。
私はおちんちんを出し入れしました。
「麻依さん、気持ちがいいです、すごくいいです、オナニーとは比べ物にならないです」
と言ってピストンを続けました。
すぐに限界がきて
「麻依さん、やばい、出そうです」
「雄ちゃん、ピストンとめるか、ゆっくりにするといいよ」
「麻依さん、だめです、とまりません、きもちがいいです」
「雄ちゃん、ピストン止めようよ」
私は止めるどころかピストンのスピードが速くなってしまいました。
「麻依さん、好きです、ダメです、出ちゃいます」
と言って射精してしまいました。

「えっ、うそ、でてるよ、雄ちゃん、コンドームつけてないの?」
「あっ、そういえばごめんなさい」
麻依さんに中出しをしてしまいました。
「今日危ない日だったんだよ、雄ちゃん童貞だったよね、つけたこと確認しなかった私も悪いけど」

私がおちんちんを抜くと麻依さんのおまんこから精子があふれてきました。
麻依さんはお掃除フェラをしてくれました。
するとまたおちんちんは元気を取り戻しました。

麻依さん「雄ちゃん、まだいけるよね、騎乗位、パイズリ、フェラ抜き、どれがいい?」と聞いてきました。
私は半分冗談で
「全部お願いします、麻依さんに精子全部搾り取ってほしいです」というと麻依さんは
「雄ちゃんスケベ」といってそのままフェラを続けました。
麻依さんの口、舌、両手でおちんちん、玉袋を刺激され瞬殺は大袈裟ですが麻依さんの口の中に射精してしまいました。
麻依さんはそのまま吐き出さないで飲んでしまいました。
驚いていると、初めは嫌だったけど元カレに相当鍛えられた(?)そうです。

私はジュース、麻依さんはノンアルコールビールをルームサービス(?)で休憩をしました。
そして麻依さんから話を聞いていました。
やはり元カレのことですが、怒っているものの未練はあるようでした。

私は寝させられて麻依さんは攻めてきました。
おっぱいは女性だけでなく男も刺激されると気持ちがいいことがわかりました。
麻依さんは同時にオナニーでおまんこを濡らしていたようです。
麻依さん曰はく「中出しした後でのクンニはきついでしょ」とちょっと怒り気味に言われました。

そして麻依さんは私にまたがって
「おちんちんが入るとことみてて」
「麻依さんコンドーム」
「雄ちゃん、本当はつけないほうがいいんでしょ」
「……」
「さっき出したからもういっか、雄ちゃん、エッチたのしよもうよ」といいました。
そして私のおちんちんは麻依さんのおまんこに入っていきました。
麻依さんはピストンを始めました。
「麻依さん気持ちいいです、麻依さん、麻依さん」
私はただ麻依さんの名前を呼び続けていました。
麻依さんが気持ちよくなるには程遠いくらい早く騎乗位で撃沈してしまいました。

「雄ちゃん、早すぎだよ、さっきまで童貞だったから仕方ないけど」
麻依さんはおちんちんを抜くとおまんこから精子が出てきました。
その後浴室に行って麻依さんはおっぱいにローションを塗ってパイズリをしてくれました。
結果として麻依さんに正常位、口内発射、騎乗位、パイズリの4回射精しました。
麻依さんもまさか私が希望通りに4回も射精するとは思っていなかったようで、
「高校生の性欲すごいね、またエッチしたかったら言ってね」
「はい、麻依さんお願いします」
「雄ちゃん、どすけべ(笑)」

その後自宅まで送ってくれました。

2~3か月後に俊雄から麻依さんがデキ婚すると聞きました、相手は元カレらしいです。
俊雄の家に遊びに行くと麻依さんがいました。
麻依さんに話をしようとすると
「雄ちゃん、二人だけの秘密、結果として復縁できたんだから」
と言いました。

その後、私と俊雄は二人とも無事に大学に合格しました。
学部が違ったため高校時代に比べると会う機会は減ってきましたが、お互いに彼女もできて4人で遊びに行くこともありました。
麻依さんに子どもが産まれた為お祝いを持っていきました。
子どもをみてみると二重瞼でした。(麻依さんの旦那は一重です、麻依さんは二重にプチ整形して実際は一重瞼です、麻依さん瞼の真相を知っているのは家族と小さいころから麻依さんを見ていた私くらいだと思います、麻依さんの旦那は知らないはずです)
なんとなく私に似ていました。
麻依さんは私に聞こえるくらいの声で
「雄ちゃん、カワイイでしょ、今度はちゃんと彼女に自分の子どもを産んでもらうのよ、あの時のことはもう忘れてね」
と言ってくれました。

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カテゴリー:友達・知人・同僚
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投稿No.6911
投稿者 清流 (48歳 男)
掲載日 2018年2月04日
独り眠れぬ夜に、なんとなく記憶を辿り綴る駄文にも読んでくださる方がいて、コメントまでして下さる。
恐れ多くてむず痒いですが、嬉しいコメントも、落ち込むコメントも含めて拝読しています。
返事をしたいのですが、返事をするとあまり良い感じにならないし、ご期待に沿うようなお答えもできないので、しないことにしました。
私の体験談を信じて頂いても信じて頂けなくても一向に問題ないのですが、一応、自分が体験したままです。
記憶のスパイスが多少想い出を美化したり、ドロドロした汚い部分や不必要な部分を編集してダイジェストにはしていますが、私の歩んできた道程です。
ファンタジーやメルヘンではないし、文才も無いので、良い結末や面白いストーリー、理想的な冒険活劇には出来ないんですが、ほぼほぼまんま、こんな感じでした。

私は独身で、結婚したこともありません。
その理由を書いてと言って頂けたので考えたのですが、御縁がなかったからとしか言えません。
恋人も何人かいたし、結婚しそうになったことも何回かありましたが、とにかく女の子好きでセックスが大好きで、熱しやすく冷めやすい性格だから、すぐに目移りして、交際してもついつまみ食いや浮気ばかりしてしまうから、結婚に向いてないなと考えてはいます。
結婚願望も特になく、認知は求められていませんが、子供は海外含め認識してるだけでアチコチに何人かいます。
SNSでたまに偶然画像を見かけたりしますが、申し訳ないという気持ちと、可愛いなという親心と、新しいパパがいる場合が多いので、秘密は墓場まで持っていこう。一生会うことはないんだろうな。と思いながら見守っています。

海外だとベトナムに一人だけ子供がいます。
ベトナムには最初、仕事で行きました。
その時に訪れた日本人駐在員向け高級フットマッサージの受付をしていた可愛い子をナンパしました。
現地の日本人に連れられてそのマッサージ屋に行ったら、アオザイを着ためちゃくちゃ可愛い子が受付にいて、胸が高鳴り大興奮して最初から猛アタックして、一週間くらい毎日デートしてから付き合ってもらいました。
彼女は当時は20歳の大学生で、私は40前くらいでした。
日本語と英語を話せたので、コミニュケーションに不自由はなく、すぐに親しくなりました。
ベトナムでは日本人はモテモテなので、簡単に付き合えますが、彼女はピカイチに可愛くて自慢の恋人でした。
彼女と歩けば、日本人も現地人も彼女に釘付けになるくらい美人でした。
身長160cmで豊満なバストにくびれた腰、プリっと上がったグラマラスな尻はもうたまりませんでした。
農村の子なので、農作業の手伝いで鍛えられたナチュラルな筋肉がとても美しく、天にも昇るセックスでした。
彼女のファーストキスもバージンも私が頂きました。
ベトナムは保守的な社会なので、結婚するまでバージンでいるべきという考えは未だ根強いですが、私がどうしても抱きたかったので、彼女は私に初めてを捧げてくれました。
満月が綺麗な夜に海岸沿いのホテルを二部屋取り、二人で食事をして別々の部屋でシャワーを浴びてから、私は彼女の部屋をノックしました。
ドア越しに深呼吸する音が何度か聞こえ、しばらくしてからドアが静かに開きました。
彼女も決意したようで、シャワー上がりの濡れた髪、ノーブラのタンクトップに下はサテンのハーフパンツという無防備な姿で迎え入れてくれました。

すっぴんの素顔はとても幼く、いつものクールで美麗な顔立ちとは違う可憐な少女そのものでした。
まるで女子高生のように幼く、これはこれでいいな。と惚れ直しました。
今すぐにココで犯したいくらいビンビンに痛いくらい勃起しましたが、理性を持って紳士的にムード作りをして、自然にベッドへエスコートして、三時間くらいかけてベッドイン。
そこから服を脱がせるまでに、いやよいやよの可愛い抵抗もあり一時間くらい、愛撫に二時間。
緊張でガチガチで全然感じてくれないし、濡れないしで挿入が本当に全然入らなくて。
朝まで舐めたりほぐしたり、ローション使ったりして大苦戦。
ゴムつけて、入らず萎えて。
ゴム新しくつけても入らず萎えて。
ついに六個あったゴムが無くなりました。
彼女はもう疲れたからまた今度と言い出す始末。
しかし私は、千載一遇のチャンスを逃すまいと懸命に努力し、ローションまみれの生ハメなら硬さも増すし、ゴムの摩擦がない分スルリといけそうだったので、彼女がうたたねして力を抜いた瞬間にズブリと半分くらいまで挿入しました。
「痛い!!」と叫び跳び起きて暴れる彼女を押さえて、我慢!我慢!もう少しだから!こういうものだから。と熱烈に説得し、睨まれながら蹴られながら、ようやくゆっくりピストンできました。
彼女は終始痛そうで申し訳無かったし、血も結構出たし、私は私で殺人的な締め付けに息子が痺れて感覚も麻痺していて、最初のセックスは気持ち良さよりもお互いに苦痛ばかりでした。

しかし、初めて見る彼女の弾力に満ちたおっぱいやアソコはピンク色で赤ちゃんみたいに綺麗で、肉感的な引き締まった美しい肉体にもちもちした吸い付くような白い肌は感動的でした。
苦痛に顔を見て歪め、早く終わってーとバタバタしている美しい彼女を見下しながら正常位でゆっくり犯しました。
足跡の全くない美しく積もった純白の新雪に足跡を残したような優越感、支配感、達成感に満たされました。
気を抜いた刹那、突然射精感が襲ってきました。
長時間の闘いで疲弊しきり、朦朧とした意識の中で「こんな経験人生で一度きりだ。中に出してしまえ」と悪魔が囁き、天使が「責任とる覚悟がないならダメだよ!」と叫びました。
どーしよう、どーしよう。超美形のベトナム処女にまさに今、生ハメしてる。生ハメってバレてない。次回以降は絶対「ゴムつけて」って言われるだろう。処女だから中出ししてもバレないだろう。中出ししたって一発で妊娠する確率なんて低い。すぐに洗い流せば多分…って都合よく考えてる最中にいよいよ出る感じになり、最終判断の時が来ました。
今すぐ抜けば外に出せる。中出しするなら、どうせなら一番深くまで刺して、子宮口に溜めまくった濃厚大量ザーメンを全部注ぎ込みたい。どうする?どうする?「あー、もう、出来たら結婚する!」と腹をくくり、彼女の華奢な肩を抱きしめながら、力一杯ズドンと深く深く刺してドピュドピュ信じられないくらいのザーメンを全部放出しました。
脳にドーパミンが溢れ、腰がガクガクするくらいのエクスタシィを感じ、恍惚を感じましたが、彼女は「最後の最後になんで一番痛いことするのよ!」と泣きながら激怒して枕でバフバフ叩いてきました。僕はまだ抜きたくなくて、しばらく挿れたままで彼女の膣の温かさと、じんわり広がる僕の精子の温かさの交わりを肉棒で感じていました。

ゆっくり抜くと「チュポン」と音を立てて亀頭が凄まじい膣圧からリリースされ、入り口はぴっちりと閉じました。
ザーメンが一向に溢れ出てこないので、指でなぞっていると彼女が不審に思い上半身を起こし、腰を上げた瞬間に腹圧で、まさにドローっと、我ながら引くくらい大量のザーメン汁が血に混じってピンク色になって止めどなく溢れ出してきました。
バレる!と思い、急いでキスして抱きしめて「愛してる!」と叫んで誤魔化しました。
高温多湿のベトナムで大格闘。汗だくでした。
彼女は早くシャワー浴びさせろ。と言わんばかりの不満顔でしたが、中出しはバレませんでした。
シーツもビショビショだったので、バスタオルを沢山敷いて一緒に夕方まで寝ました。

それからは徐々にですが、彼女もセックスが気持ちよくなり、一ヶ月くらいしてすっかり慣れると、酔うと向こうから「しよう」と誘うようになりました。
性に目覚めたベトナム女の性欲はバケモノで、毎回、4回、5回くらい絞りとられました。
買っても買ってもコンドームがすぐに無くなるほど、セックスに夢中になってしまい、僕はもはや誘われるのが怖くなり、寝たふりをして避ける日もしばしばありました(笑)

しかし、私は駐在員ではないので、毎月仕事に絡めてベトナムに行き、3日から長くて5日間くらいの滞在中ずっと彼女と過ごす感じでした。
空港まで必ず迎えに来てくれて、私を見つけると本当に嬉しそうに笑って、タクシーに乗り込むやすぐに抱き付いてくるのが愛くるしかったです。

しかし、そんなある日彼女が空港で会うや否や私の手を握り、涙目に青ざめた表情で「妊娠した…」と震える冷たい手で、突然告げてきました。
何時間も話し合い、彼女は「親にバレたら殺される。バレる前に結婚したい」
僕は「急には無理だよ…」の平行線。
結論が出ないまま帰国する日になり、怒った彼女が僕の携帯を破壊して出て行ったのて、電話番号もメールも分からなくなり、連絡する術を失ってしまいました。
勤務先のマッサージショップに行っても連絡先を教えてもらえず、警備員を呼ばれ出入り禁止にされてしまいました。
弱り果てて帰国し、何回かベトナムに行ったのですが、マッサージショップも辞めていて、完全に音信不通になりました。
しかし、僕は番号もメアドも変えていないので、彼女が望めばいつでも連絡できます。
針のむしろを敷かれた状態でただただ、連絡を待ちました。

一年近く全く連絡がなく、「堕したのかな…費用かかっただろうな…」と心配していると、彼女から一通のメールが。
そこにはなんと、分娩室で微笑む彼女と産まれたての赤ちゃんが。
本文には「産んだよ。それだけ。バイバイ!」と一言。
…愕然としました。
とりあえず鬼のように返信しまくるも返事は一切なく。
GW連休ぐが数ヶ月後にあったので、とりあえずチケット抑えて、やきもきしながら連休を待ちました。

連休初日の一番に、その写真を頼りに病院を探し当て、職員に金を握らせなんとか彼女の現住所を調べ、タクシーですっ飛んで行きました。
貧困層が住む治安が悪い地区の酷いボロアパートの一室が入院時に彼女が記した住所でした。
部屋をノックすると、赤ちゃんを抱いた彼女が無警戒に、ドアを開けて出てきました。
呆気なく果たされた再会に彼女は驚き過ぎて固まり、数秒後凄まじい勢いで火花がでるくらい電光石火のビンタかまされて、ドアをドガン!!と閉められました。
痛いのなんの。爪がチョット目に入って涙が止まらないし、とにかくドアをドンドン叩き、何時間も部屋の前で待ってると警察を呼ばれました(笑)
ベトナム語が一切分からないので、警察は僕をとりあえず押さえておいてから、彼女に出てくるように指示しました。
赤ちゃんを抱いたまま出てきた彼女はさっきまで、すっぴんだったのに、フルメイクにアオザイに着替えていました。
「女のプライドか…乙女だな」と愛おしくなりました。
「あんたが捨てたオンナはこんなに美しいのに」と言いたげでした。
それはもう、全く変わらず綺麗でした。

なんだかんだあって、警察は帰り、その日は彼女の部屋に泊まり、沢山沢山話し合い、赤ちゃん(我が子)をあやして寝かしつけ、色々あって、彼女と火がついたように激しくセックスしました(笑)
滞在中はずっと赤ちゃん(我が子)のオムツを替えたり、あやして癒されました。
近所の公園に行ったり、昔みたいにデートしたりして平穏に過ごし、「あ、結婚いいかも」って思いました。
でも、その後本当に色々話し合った結果、彼女は絶対にベトナムに住みたい。僕は日本で仕事があるから移住は無理。従って、やっぱり結婚は無理。となりました。

でも、やっぱり彼女のことが好きだし、赤ちゃん可愛いし、DNAが我が子と告げるくらい我が子だったので、養育費出すし、慰謝料じゃないけど、きちんと暮らせるだけの金は出すから。と申し出ました。遠慮する彼女でしたが、まだ右も左も分からないままシングルマザーにさせられた21歳の女の子。少しホッとした様子でした。
何時間も電卓を弾きながら、計算する彼女。申し出たはいいが、どエライ額言ってきたらどーしようと冷や汗が出てきました。
ついに、遠慮がちに彼女が出してきた要求額は、子供が成人するまで毎月二万円。
「え?」出産費用とかは?二万で足りるの?嘘でしょ?こういうのって数百万とかじゃないの?と頭が「?」だらけになりました。
そんな僕を見て「無理…?」と心配する彼女。
「自分の稼ぎが大体そんくらいだった。まあ、私は美人だから、その内結婚するだろうけど、子持ちは世間の目が厳しいから念のために20年間振り込んでくれ」とか言う感じが懐かしくて、やっぱり結婚しようかな。ってグラつきましたが、やっぱり無理なので、とりあえず引越し費用と当座のお金として30万円くらい渡したら、大金にビビって受取拒否。仕方なく一緒に両替して、銀行に預金しに行きました。
これでしばらく大丈夫。安心してスッキリ帰国できました。
空港まで赤ちゃんと見送りに来てくれて、写真を三人で撮って、涙涙で分かれました。

不思議なもので、離れると赤ちゃんと彼女が恋しくなり、毎日写真を見ながらSkypeで電話しました。
年に数回会いにも行きました。
顔を見ちゃうとやっぱり愛が湧き出してしまい、セックスも沢山したし、我が子の成長に目を細め一人前にパパごっこをしました。
会った時にまとめて20-30万円渡して帰る感じで、年に50-60万円くらいあげてました。
もっと出せたけど、彼女は「十分すぎる。私の両親の月収は二人合わせても二万円くらいだから」と気遣ってくれました。
「うーん、やっぱり結婚しようかな」と会うたびに、セックスする度に心グラグラ。
でも、やっぱり口げんかになるし、やっぱり無理だ。の繰り返しで二年くらい過ぎました。
その間も僕は日本でバンバン違う子とセックスしてたし、普通に風俗も行ってました。
懲りもせず中出しも沢山してました。

やっぱり遠距離は難しくて、彼女は彼女で寂しくて新しく恋人を作ってたし、段々と疎遠になり、数年後、美人な彼女は小太りの人の良さそうな日本人駐在員とデキ婚しました。
最後に会った時に、「別の日本人と付き合ってる。その人と結婚すると思う」と寂しそうに告げられました。
「優しい人?ちゃんと仕事してる?」と色々聞きました。
名刺を見ると有名じゃないけど、優良企業の課長くらいでした。
写真を見ると、絶対良い人なんだろーなってオーラが出ていて、「この人なら大丈夫」と太鼓判を押しました。
「…うーん、でも、どうしようかな…」とモジモジしてこちらを見ています。
僕はもう好きじゃなかったけど、これが最後のセックスになるだろうと感じたけど、彼女を優しく抱きました。
沢山沢山キスしながら朝までイチャイチャして、昔話を飽きるくらいしました。
「やっぱりベトナムには住まない?」彼女は聞きました。
「やっぱり無理だよ」そう答えると「そっか」と言って、深呼吸すると「わかった」と言って、悲しそうに笑いました。

翌日も三人で沢山遊んで、沢山写真を撮りました。
僕が最後のお金を渡そうとすると、「新しい恋人はあなたよりお金持ち。もう、お金いらない」と言われました。
じゃあせめて。そのお金を持ってバイク屋に行き、ずっと欲しがっていた新車のホンダのスクーターを買ってあげました。
出会ってから一番喜んで、抱きつかれてキスされて、後ろに乗せられながら試乗しました。
赤ちゃんを店員に預けて二人で無免許ノーヘル二人乗り。しかも僕が後ろ(笑)

その晩、興奮した彼女に犯されるようにセックスさせられました。
俺が最後のセックスと位置付けた、あの切なく美しいセックスは汚され、本当に最後のセックスは逆レイプ搾り取られ系でした。

今となっては笑い話です。
ずっと連絡はないし、してません。
きっと幸せに暮らしているんだと思います。
「万が一何かあれば、いつでも連絡するんだよ。必ず駆けつけるからね」と言い残し、メアドも電話番号もずっと変えていません。
今でもたまに、心がチクッとするような愛しい人との想い出です。

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カテゴリー:外国人,恋人・夫婦
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