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当時熱を上げていたテレクラで出会った25才のMは北陸出身で妹と二人で東京暮らしをしているOLだった。
純朴な少女が都会の生活でアカ抜け大人の女になりかけている感じで、容姿・声・仕草、そして爽やかな色気が企業戦士の私には堪らなかった。
寒さの厳しい雪国の人は脂肪を蓄える力と脂肪を燃焼する力に優れているので抱き心地も最高で床上手も多いのは頷ける。
Mと肉体関係を築いて半年ほど経った頃、海外旅行に誘うことに成功した。
行き先は極寒の地・アラスカ。
目的は別にあったが興味のあったエスキモー体験をすることができた。
凍てつく極寒の中で「一日体験」をした夜のことです。
人間、死への恐怖を察知すると生存本能が研ぎ澄まされるというが、その夜はまさにそうだった。
天然アザラシの特製寝袋に二人で入り(素っ裸)、密着してじっとしていると徐々に血の気が湧いてきて、気付くと夢中で Mに挿入してピストンしていた。
私は生きてる充実感と込み上げてくる性欲の赴くままにセックスに没頭した。
Mのオマンコの中は異常なほどに濡れ肉襞がチンポに吸い付き射精を促してくる。
そして…初めてMの中で果てた。
その時は幸い妊娠には至らなかったものの、帰国してからは会うたびに激しく求め合うようになり、自然の流れで中出しするようになった。
Mも「中出し」の快感に目覚めていたと思う。
それから数ヶ月過ぎたある日、Mから妊娠したと打ち明けられ、今後のことを話し合おうとしていた矢先に突如私の前から姿を消してしまった…。
以来、Mとは音信不通である。
私は某私大で語学の助教をしています。
私の本来の専攻は外国文学なのですが、私の勤務する大学には、私の専門とする学科がないため、一般教育課程の第二外国語の講座と、言語文化系の講座を担当しています。
私には3才になったばかりの娘がいます。
父親はかつての恩師で、不倫の末に、反対を押しきって出産した娘です。
もちろん娘には戸籍上の父親がいません。
私はそういうシングルマザーです。
昨年末に、私の大学の大学院文学研究科博士課程後期2年目のK君と、K君のD論(博士論文)について、私の専門とリンクするテーマがあり、K君は指導教授を通じて私の研究室に来て、私の助言を仰ぐようになりました。
そんなパブリックな関係で知り合ったK君でしたが、私はK君のことが好きになってしまい。ある日ランチに誘い、昼間からK君を誘惑して道玄坂上のラブホテルに行きました。
K君は図らずも女性と交際したこともない童貞でした。
26歳で未来ある大学院生のK君。
31歳で訳ありシングルマザーの私。
私はK君の筆下ろしをコンドーム無しで経験させてあげました。
K君は私の口内に1回、膣内に3回射精して、童貞を捨てました。
2回目のデートは、私の自宅での娘を交えたランチでした。
昼前に来訪したK君を誘って、小春日和の公園に散歩に出掛け、3人でまるで若い夫婦のように遊びました。
娘は「インセイのお兄ちゃん」と呼んで、K君にとてもなついてくれました。
K君も遊具を使って娘とたくさん遊んでくれました。
ある意味私の思惑通りです。
このまま、K君と私が避妊なしでセックスを続ければ、いつか私が妊娠することになるでしょう。
そうすれば、K君とデキ婚ということもあり得ます。
K君の両親がシングルマザーの私を認めるかは、未知数でしたが、私は賭けてみる決心を秘めていました。
娘は楽しそうに、はしゃぎながら、K君と遊びました。
K君はとても真面目な青年ですから、娘も好印象を持ったのだと思います。
公園で一遊びして、私の狭い2DKのマンションに戻り、娘の好きなパスタとオムレツで、3人昼食を摂りました。
娘は食事もそこそこに、K君に絡んで遊ぼうとします。
私は母親という立場上娘を叱りましたが、K君が「お昼ご飯は楽しい方が美味しいもんね~。」と、私の思惑通り仲良しになっていました。
さて、公園でハイテンションで遊び、その流れで昼食を摂った娘は、しばらく「お兄ちゃんと遊ぶ!」と頑張っていましたが、遊び疲れてお昼寝をしてしまいました。
私はリビングの隣室の寝室に娘を連れて行き、歯磨きをさせて寝付かせました。
寝室のドアを締め、K君と目を合わすと、K君も思わず笑みが漏れました。
「Sちゃん可愛いですね。」
「ありがとう。普段は私か保育園の先生やお友だちとしか遊ばないから、凄く興奮しちゃったみたい。K君まるで若いお父さんみたいだった。」
「そんな・・・僕なんか・・・。」
私はソファーでコーヒーをすするK君に身体を寄せて、キスを迫りました。
K君も私を抱き締め、私のディープなキスに応じてくれました。
そして、私をソファーに優しく押し倒しました。
私はキスをしながら、K君のセーターを脱がせました。
K君も私のジャンバーブラウスのボタンを外して行きます。
あっという間に私たちは上半身裸になりました。
私がK君のジーニーのベルトを緩め、ボタンとファスナーを下ろすと、テントを張ったトランスが現れました。
私もスパッツを脱ぎました。
K君は私のブラを上にずらして、乳房を露にすると、乳首にキスをしながら、ショーツも脱がせにかかりました。
私が「シャワー浴びなくていい?」と問うと、ちょっと冷静になったK君は、身体を起こすと、
「そうですね、公園では汗かいちゃったし・・・。」
ということで、私はショーツ1枚、K君もトランス1枚になってバスルームに向かいました。
ラブホテルのバスルームのように広くないし、ユニットの味気ないバスルームでしたが、私たちは二人で洗いっこをしながらシャワーを浴びました。
もう、前回のような緊張はK君にはありませんでした。
終始K君のぺニスは、充血し硬直して上を向いていました。
K君は180cm近い長身なので、ちょうどぺニスが私のお腹に突き刺さる感じです。
私は身体を洗い終えると、K君に抱き着き、いやらしい吐息を吐きながらキスをして、硬直したぺニスを掴み、ちょっとしごきました。
そして上目遣いに、
「お口でする?」
と聞きました。
K君は恥ずかしそうに、
「あぁ…はい。」
と頷きました。
私は、膝立ちすると、K君を見上げながら、亀頭を舐め口に含んで、口腔内で舌を絡めてあげました。
K君は恍惚の表情で私のフェラを観察しています。
私は亀頭をチロチロと舐めながら、
「気持ちいい?」
といやらしい吐息を吐きながら、意地悪な質問をしました。
K君は息を荒くしながら、
「凄く…気持ちいいです。」
と答えました。
私はさらに、ぺニスの裏筋を舐め回すように、ぺニスを咥えながら、睾丸も片方ずつ口に含み舐めてあげました。
それからまた、裏筋を舐め回しながら、亀頭を咥えて、舌を絡めて唇でぺニスをしごきました。
K君はもう我慢できなくなっていたようでした。
「だめです!あっ!イクッ!」
と発したかと思うと、大量の精液を私の口の奥まで射精しました。
「す、すみませんっ!」
慌てるK君ですが、私は首を横に振って、舌で亀頭の尿導口を舐めて精液をすすりながら、口腔内に溢れた精液を飲んで、
「この前もこうだったでしょ!大丈夫よ。K君いっぱい出してくれて嬉しいし!」と答えると、
「飲んじゃって、変な感じしませんか?」と真面目に質問します。
私はシャワーで、口を漱ぎながら、
「大好きなK君のだから大丈夫よ。」
と答えると、K君もまんざらじゃないような笑みを浮かべて、赤面していました。
「じゃ、Sが起きないうちにエッチしよっ!」
と私が誘うと、K君は私を抱き締めキスをしてくれました。
この日のために、買って洗濯しておいた大きめのバスタオルでK君の身体を拭いてあげて、私もバスタオルを身体に巻くと、二人でいそいそとソファーに向かいました。
一度、隣室の娘を確認すると、まだスヤスヤと寝息を立ててお昼寝の真っ最中です。
私は上げた髪を下げて、K君にキスを迫りました。
K君もそれに応えて、私のバスタオルを剥ぎ取ります。
私もK君のバスタオルを剥ぎ取りました。
もうK君は復活して、ぺニスを上に向けて充血させています。
痩身で色白のK君だから、余計に勃起したぺニスが長く大きく見えました。
実際に私の経験した中では長いぺニスでした。
K君はもう童貞のK君ではありませんでした。
AVを観て研究したのかもしれません。
キスを丹念にすると、首筋から全身へと舌を這わせて、時々キスをしてくれました。
そして私の陰部に達すると、両手で乳房を揉みしだきながら、膣口から溢れるエキスを吸い取り舐めながら、クリトリスをも唇や舌を使って弄びます。
私は思わず昼間から、淫らな声を出してしまいました。
軽いパネル引戸1枚向こうでは、娘が寝ています。
子供は敏感ですから、レム睡眠の中で母親の声に気づいて、起きてしまうかも知れません。
私は声を押し殺しながら、性感帯のクリトリスへのクンニに酔いしれたくて、K君の頭を押さえて強制クンニをさせました。
それでK君にも火が着いたのか、執拗にクリトリスを責めてくれました。
私は、片手で口を押さえながらイッてしまいました。
そしてK君に抱き着きキスを求めました。
すると、まだバスルームから上がってからフェラをしてあげていないのに、K君が腰を動かして、私の膣口に亀頭を擦り付けて来ました。
時間が無いことをK君も理解していました。
「このまま挿れていいですか?」
K君が私の耳元で囁きました。
「お願い!ちょうだいっ!」
私は懇願しました。
K君はゆっくり腰を動かして、私の両乳房にキスをしながら、突き始めました。
私は歓喜の絶頂にいました。
そしてK君にしがみついていました。
K君は私にキスをしながら、少しずつ腰を動かして、その動きを早めて行きます。
私もそれに合わせて腰を浮かせて振りました。
バスルームで大量の口内射精をしたためか、初めての時より、私とK君は一体になっている時間が長かったと思います。
私には最高の一時でした。
やがて、上半身を起こしたK君の表情が苦悶の表情に変わりました。
「あぁっ!イキそうです!」
「ちょうだい!いっぱいちょうだいっ!」
私は懇願していました。
と同時にK君が私にのしかかり、私の耳にキスをしながら、腰をピクピクと小刻みに震わせました。
それは結構長く続きました。
「いっぱい出た?」
「はい・・・はぁはぁ・・・。」
K君は息も絶え絶えでした。
私はまだまだ、セックスをしてほしかったのですが、時間が迫っていました。
案の定、中出ししたK君の精液にまみれたぺニスにフェラをしてあげて、シャワーを浴びずに、衣服を着たところで、娘が起きて来ました。
「インセイのお兄ちゃんは?」
娘はそれが心配で、慌てて起きてきたようでした。
「Sちゃん!お兄ちゃんここにいるよ!」
「やったぁ!まだ帰らないよね?」
子供はみんなそうですが、来客は嬉しいものです。
娘は一人っ子ですから、余計です。
その晩は、3人で近くのファミレスに夕食を食べに行きました。
私はこれが本当の家族だったら!と夢見ました。
K君だって、D論を出して学位を取得しても、大学に職を求められるかはわかりません。
・・・であるならば、大学で地位を得ている私と共同生活をすることは、経済的に無駄なこととは言えません。
そういう意味で私は自立した社会人です。
このままセックスで全く避妊の意識のないK君の子どもを私が宿せば、私には夫ができ、娘には父親ができます。
さらに娘には弟妹ができることにもなります。
それは、私に野望でもありました。
K君との別れ際、娘は大泣きしました。
K君もちょっと困惑気味でしたが、
「また来るからね!」
の一言で娘は泣き止みました。
私は、娘にもK君にも意識して、
「お兄ちゃん、今度はお泊まりしてくれるって!」
と言いました。
娘は大喜びです。もちろん私もです。
私とK君との関係は、次の段階。つまり、K君のご両親がどういう方なのかが焦点となって来ています。
私の「性欲」とそれに伴った「人生やり直し」の野望はまだまだ、続きます。
初体験の相手となった玲子とは以後も安全な期間を見計らって中出しセックスを重ねた。
お互いに初めてセックスの快感を覚えたばかりなので技術も無ければ知識も乏しい。
時期が1970年代の終わりということもあってインターネットもなければ携帯電話も無い時代、情報源と言っても雑誌に掲載されている記事程度だ。
しかもコンビニも普及していないのでコンドームを買おうにも薬局に行かないと買えないという苦労が多い時代でもあった。
最初にプレイをした暗室は頻繁に使える訳もなく、お互いの家には家族がいることが多く玲子は部活があるので学校帰りが週末しか二人きりなる時間はなかった。
2回目にセックスをしたのは初体験から数日後の放課後、学校から帰る時だった。
玲子が部活を終えるのを待って二人並んで歩いて帰ったが、玲子はわざわざ制服に着替えてきた。
シャツの上着にスカートの夏服の彼女と学校の前にあった運動公園の高台の東屋まで歩き、暫く他愛の無い会話をしている時に玲子のシャツ越しにピンク色の乳首が見えた。
「ノーブラ?」
私が尋ねると玲子は顔を赤らめながらスカートの裾を持ち上げていくと脚の根本からお腹まで白い肌が続き、脚を僅かに開くと陰毛の生えていない秘部に綺麗な割れ目が見えた。
「下も履いていないよ」
顔を赤らめながらも無邪気な笑顔で答える玲子。
そのままシャツのボタンを外して乳房まで見たくなったが下校途中の他の生徒が東屋近くの歩道を通ることもあって我慢した。
「公園の向こうに行こうよ」
私は立ち上がって玲子の手を引いた。
東屋から見下ろす野球グラウンドの向こう側に公園のトイレがあり、その多目的トイレを目指していた。
初夏の夜7時は日が沈んだばかりで西の空が明るかったが公園の歩道脇の街灯が点灯され始めている。
トイレまで来ると学校の自転車小屋が見えるが下校する生徒の姿は無く、周囲を見ても人影は無かった。
玲子と私は多目的トイレに入ると鍵を締め、すぐに抱き合ってキスをした。
汗ばむ陽気の中で多目的トイレの中は昼間の熱気が残り、玲子も私もうっすら汗ばむ顔のまま唇を重ねていた。
私の手はすぐに玲子のシャツに伸びてボタンを外し、汗で透けて見えていたピンク色の乳首を口に頬張った。
「あん」
玲子が色気のある声を発し、私の頭を両手そっと抱いた。
汗と制汗剤が混じった臭いの乳房の柔らかさと乳首の固さを口で堪能しながら手はスカートに伸びてホックを外し、ジッパーを降ろすとストンと音を立ててスカートは床に置いてパンツを履いていない玲子の下半身が露わになる。
指を割れ目に這わせると既に濡れていた。
(ニチャ…)
また気持ちの良い穴にペニスを入れることが出来ることに焦る気持ちが沸き起こり、玲子を後ろ向きの態勢にすると便器の左右にある手すりに手を置かせてシャツの下から締まったお尻をむき出しにさせてペニスを取り出し挿入しようとした。
「痛い…」
前戯などということも良く知らないままペニスを秘部へ捻じ込んだので玲子が苦痛の声をあげた。
私もペニスの先端が秘部の肉に押し戻されながら無理があるとようやく気付く。
自分の唾でペニスと秘部を濡らして再びペニスを押し込んだ。
(ズ…ズル…ズルル…)
狭くてきつい玲子の秘部へゆっくりペニスが沈み込んでいった。
押して引いてを数回繰り返すとペニスは根元まで玲子の体に飲み込まれ、中では肉の壁がペニスをギュギュウに締め付ける。
「あ…いい…」
初体験の時と違って玲子は喜びの声をあげていた。
処女膜が破けてから1週間経つか経たないかだが、痛みはなかったようだ。
玲子の腰を掴んでゆっくり腰を動かすと自分の手では得られない気持ちよさが私の体を刺激し、腰の動きは徐々に早くなっていった。
「痛い…ゆっくり…」
痛みを感じたらしい、玲子の体に少しだけ力が入って少し項垂れて耐えているようだった。
「ご、ごめん…」
腰の動きを一旦止めてペニスを抜くが血は着いていなかった。
「ゴムとか無いけど大丈夫?」
私が妊娠が心配になって玲子に尋ねた。
「そろそろ生理だから多分だいじょうぶ」
男の私には生理に関する知識が乏しく玲子の言葉を信じるだけだった。
再び唾をペニスに塗り付けて固く反り返ったままのペニスを玲子の秘部へ再挿入した。
玲子のシャツを取って裸にして綺麗な背中に抱き付きながらゆっくり、根元まで入れては動きを停め、暫くしてからゆっくり抜いてまた挿入を繰り返していくと玲子の口からは溜息のような息が吐き出されていくようになった。
唾で濡らした挿入感とは違って蜜のように濃い液体がペニスと秘部の肉との間に割って入るようになり、ゆっくり動かしたつもりが徐々に速度を速めていく腰の動きに玲子の声は痛みではなく喜びの声のままとなった。
(ドピュ!…ドクンドクン…)
一気に登ってきた射精感を抑える余裕も無く玲子の体の奥へ精液を吐き出していた。
下半身に心地よい痺れが漂い、ペニスから精液が吐き出される度に心地よさが押し寄せてくる。
私は玲子の体を後ろから抱きしめ、体を密着させながら残りの精液を注ぎ込んだ。
「あ…出てる…」
玲子も精液を流し込まれるのがわかったのかペニスから精液が出る度に吐息を漏らしていた。
精液を放出し終えてもペニスは秘部に潜り込んだまま固さを保ち、私は手を玲子のお腹から下へ這わせて秘部に滑り込ませるとコリコリした豆のようなものが指先にあたる。
その瞬間、玲子の体はビクと跳ね返り口から艶のあるかわいい声が漏れた。
「あん!」
声と共に秘部の中の締め付けも強くなってペニスを気持ちよくしてくれる、これが本で読んだクリトリスと分かった。
クリトリスの下の割れ目はヌルヌルした液体が溢れており、この液体を指先につけてクリトリスを撫でるように刺激し続けた。
「あ…あ…いい……っ!!!」
玲子の手も足も背中も力が入って震え始め、秘部に飲み込まれたままのペニスは肉の壁に押しつぶされそうなくらい強く締め付けられた。
絶頂に達した玲子を抱きしめながら締め付けられるペニスの感触に私もうっとりしてしまった。
10秒ほど震えていた玲子は体から力が抜けて腰が砕けたようになったが、私は強烈な締め付けて刺激されたペニスを再び秘部の中で動かし始めた。
(ジュブ…グチュ…)
私が注いだ精液も手伝って肉ヒダとペニスの間で音を立てた。
玲子は腰を私に掴まれたまま手すりにしがみ付くような恰好で精液を注がれた秘部の中で激しく動くペニスの刺激に喘ぎながら耐えているように見えた。
(気持ちいい…)その感情だけが私の心を埋め尽くし、欲望のままに腰を動かすと再び玲子の体の中で精液を吐き出した。
(ドクン…ドクン…ドクン…)
1回目よりは勢いがなくなったものの若い体から吐き出される精液はペニスを刺激して尚も心地よい刺激を与えてくれる。
玲子は手すりにしがみ付いたまま体の奥へ注がれる精液を静かに受け止めていた。
精液を放出しきったペニスを抜いて腰を掴んでいた手を離すと玲子の体はゆっくり崩れていき、手すりにしがみ付いたまま床へ腰を落とした。
私のペニスは自分の精液でドロドロになっていたが固いまま反り返り、先端から尿道に残った精液がじわりじわり滲み出てきて先端で塊となりペニスを伝い落ちていった。
玲子は絶頂に達した感覚が残っているのか、たまにビクンと体を震わせている。
お尻の下には私が注いだ精液が秘部から流れ出て小さな水溜りのように床へ白い塊となっていた。
「気持ちよかった…」
玲子が吐息を吐くような声でつぶやいた。
多目的トイレの床はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、今もこの時の玲子の裸体と汚れた床、その上に落ちて溜まった精液の白さは鮮明に覚えている。
立ち上がった玲子の秘部から更に流れ出てくる精液の白さも…。
この週の終わりの金曜に玲子から生理が来たと話され、正直なところホッとした。
やはり生挿入に中出しという気持ちよさは一番だが危険も一番高い行為に当時の私は心のどこかで怯えていたのだろう。
玲子と私が付き合っていると周囲から言われるのに時間はかからなかった。
生理が終わってからは生挿入もせず二人の少ない小遣いで買ったコンドームを使うことが多く、中出しは生理直前のタイミングのみにしていた。
一番困ったのはコンドームの入手方法だった。
コンビニは自転車で30分ほど走った場所にあったが中学生が買うのは不自然なので必然的に「明るい家族計画」の標語と共に薬局の前に置いてあった小さな販売機で買う手段しかなかった。
小銭をポケットに忍ばせて周囲に誰も居ないことを確認してからダッシュで近づいて購入後はダッシュで立ち去るという涙ぐましいものだった。
夏休みに入ると二人きりになることが多く、体を絡ませることも増えた。
学校のトイレや雑木林の中、大きなマンションの非常階段など屋外の絡みが全てで中出しを何回もしていた。
最初はぎこちない動きで身体を絡ませていた二人だったが、回数を重ねるとお互いに慣れてきた動きになって、大きな川にかかる橋の下に捨ててあったエッチな本の写真のような体勢を真似てみたり、本に掲載されていた手記や記事にあった羞恥プレイを真似てブルマーも履かずに運動服の上だけを着て早朝の公園で落ち合ってみたり、夏の盆などはお互いの親が不在にある夜があったので玲子には裸のまま夜の公園を歩いて貰うなど破廉恥なプレイを緊張しながらも興味と興奮で行うことも稀にあった。
白黒フィルムではあったが玲子の裸や二人が絡んでいる姿を撮影したこともあり、玲子の裸の写真は高校に進んでも大事に持っていた。
今から考えると自宅近くの場所で裸になったり体を絡ませたりしていたので地域の大人に見つかれば即座に噂になってしまう危険な行為でもあった。
幸い、破廉恥なプレイも見つかることは無く、安全日を気にせずに私が玲子に中出しすることもあったが妊娠することは無く、大きなトラブルに発展しないで事を終えていた。
二人の関係の終わりは高校進学後に訪れた。
玲子と私は違う学校に進学する事になったが玲子と会う事も、体を絡ませることも続けていた。
高校1年の秋、私の家が引っ越すことになってバス・電車で1時間以上かかる距離になると自然に会うことも少なくなり、高校2年も時に玲子から他に好きな人が出来たと言われ、私も別に気になる女の子がいたので別れることで意見が一致。
それまでに撮影した玲子の裸の写真などは数枚のポジを残して全て焼却処分した。(数枚のポジのことは玲子に内緒だった)
その翌年の高校3年の秋、友人からの噂で玲子が妊娠して学校を辞めたと聞いた。
噂の内容は数人の男性に孕まされたとか売りをして客の男の子を孕んだとか、いわゆるヤリマンという一言に集約されるひどいものだった。
勝手についた噂の尾ひれかもしれないが、学校を辞めた玲子は子供を産んで泡姫になったというのもあった。
高校を卒業した後に玲子と家族が住んでいた住宅の近くへ立ち寄ることがあり、懐かしくて玲子が住んでいた住宅を訪れたが既に玲子の家族も住んでおらず、消息は完全に途絶えてしまった。
大事に持っていた玲子の裸のポジ数枚もこの時に全て焼いて処分し、玲子とはもう会えない寂しさに暫く打ちのめされた。
初体験の相手でもあり、人生初の野外セックスや野外露出プレイなど性に関する好奇心旺盛な年頃に色んなことを経験させてくれた玲子。
今はどこで何をしているのかわからないが、今も私の記憶の中には綺麗な白い肌を隠さないでいる裸の彼女が無邪気な顔で笑っている。
マサキに命令された通り、私はあの日からパイパンのノーブラ・ノーパンで毎日を過ごしています。
ずっと敏感になっている乳首が洋服と擦れる度に濡れてくるのが分かります…。
あれからマサキは毎日家に来るようになりました。
半同棲状態でした。
家ではノーパン・ノーブラのミニスカートで過ごすように言われています。
上はタンクトップやキャミソール、Tシャツで過ごすように言われています。
朝、マサキの気分で今日は何も着けないで過ごすように言われるときもあります…。
ある日、マサキが帰ってきて
「みな、スカート捲ってパイパンみせろよ」
と言われたのですぐに見せました。
前の日剃るのを忘れていたので少し生えていたのをマサキが見過ごすわけがなく、
「おい、なんでパイパンじゃないんだよ。毎日剃る約束だよな?」
と怒らせてしまいました。
「すぐに剃ってこい」と言われたので風呂場に行き剃り始めると、マサキも風呂場にきて
「みな、俺の言うこと聞けないの?普段家に居るとき実は下着つけてるんでしょ?」と聞いてきました。
「そんなことないから!」
と私が言うと、突然お尻を叩いてきました。
「みな、言いつけ守れなかったからお仕置きな。明日から服着るなよ」
数発叩かれたお尻は赤くなりパイパンの割れ目からは透明な粘着質の液が太股を伝い垂れていました。
叩かれたことで感じてしまいました。
マサキはベッドに私を連れていくなり、Gカップのおっぱいを叩き始めました。
「ブラしてないからどんどん垂れてきてるし乳首もでかくなってきてるね、いい感じじゃん。叩きがいあるわ」
といって、ブルンブルンと揺れて痛みも増していました。
すると叩いていた手がとまり、べちゃべちゃのまんこにマサキの指が入ってきて
「みな、べちゃべちゃじゃん!叩かれて興奮しちゃったんだね。」と言われ激しく動かれると
「マサキ、おかしくなっちゃう。やめてー。うぎゃっ、ふぁっ。出ちゃういやー。」と言って潮を吹いてしまいました…。
マサキはそれをみて
「もう挿れるぞ」
といてガンガンついてくれました。
「みな、ピルちゃんと飲んでるな?中に出すからなっ」
といって奥の方にドクドクドクと精子をたっぷりと出してくれました。
お尻もおっぱいも叩かれて真っ赤になった体を見てマサキは
「雌豚の体らしいなっ。そのだらしないお腹いい加減どうにかしろよ。もっと乳首もおっきくしてクリトリスも剥き出しにしろよ。今日から乳首とクリトリスに洗濯ばさみつけとけ」
とどんどん体を調教されています。
ダイエットもしなければいけません。
「まずは毎日浣腸して腸を綺麗にすることからだなっ。」
私はこれから毎日浣腸することになりました…。
恐れ多くてむず痒いですが、嬉しいコメントも、落ち込むコメントも含めて拝読しています。
返事をしたいのですが、返事をするとあまり良い感じにならないし、ご期待に沿うようなお答えもできないので、しないことにしました。
私の体験談を信じて頂いても信じて頂けなくても一向に問題ないのですが、一応、自分が体験したままです。
記憶のスパイスが多少想い出を美化したり、ドロドロした汚い部分や不必要な部分を編集してダイジェストにはしていますが、私の歩んできた道程です。
ファンタジーやメルヘンではないし、文才も無いので、良い結末や面白いストーリー、理想的な冒険活劇には出来ないんですが、ほぼほぼまんま、こんな感じでした。
私は独身で、結婚したこともありません。
その理由を書いてと言って頂けたので考えたのですが、御縁がなかったからとしか言えません。
恋人も何人かいたし、結婚しそうになったことも何回かありましたが、とにかく女の子好きでセックスが大好きで、熱しやすく冷めやすい性格だから、すぐに目移りして、交際してもついつまみ食いや浮気ばかりしてしまうから、結婚に向いてないなと考えてはいます。
結婚願望も特になく、認知は求められていませんが、子供は海外含め認識してるだけでアチコチに何人かいます。
SNSでたまに偶然画像を見かけたりしますが、申し訳ないという気持ちと、可愛いなという親心と、新しいパパがいる場合が多いので、秘密は墓場まで持っていこう。一生会うことはないんだろうな。と思いながら見守っています。
海外だとベトナムに一人だけ子供がいます。
ベトナムには最初、仕事で行きました。
その時に訪れた日本人駐在員向け高級フットマッサージの受付をしていた可愛い子をナンパしました。
現地の日本人に連れられてそのマッサージ屋に行ったら、アオザイを着ためちゃくちゃ可愛い子が受付にいて、胸が高鳴り大興奮して最初から猛アタックして、一週間くらい毎日デートしてから付き合ってもらいました。
彼女は当時は20歳の大学生で、私は40前くらいでした。
日本語と英語を話せたので、コミニュケーションに不自由はなく、すぐに親しくなりました。
ベトナムでは日本人はモテモテなので、簡単に付き合えますが、彼女はピカイチに可愛くて自慢の恋人でした。
彼女と歩けば、日本人も現地人も彼女に釘付けになるくらい美人でした。
身長160cmで豊満なバストにくびれた腰、プリっと上がったグラマラスな尻はもうたまりませんでした。
農村の子なので、農作業の手伝いで鍛えられたナチュラルな筋肉がとても美しく、天にも昇るセックスでした。
彼女のファーストキスもバージンも私が頂きました。
ベトナムは保守的な社会なので、結婚するまでバージンでいるべきという考えは未だ根強いですが、私がどうしても抱きたかったので、彼女は私に初めてを捧げてくれました。
満月が綺麗な夜に海岸沿いのホテルを二部屋取り、二人で食事をして別々の部屋でシャワーを浴びてから、私は彼女の部屋をノックしました。
ドア越しに深呼吸する音が何度か聞こえ、しばらくしてからドアが静かに開きました。
彼女も決意したようで、シャワー上がりの濡れた髪、ノーブラのタンクトップに下はサテンのハーフパンツという無防備な姿で迎え入れてくれました。
すっぴんの素顔はとても幼く、いつものクールで美麗な顔立ちとは違う可憐な少女そのものでした。
まるで女子高生のように幼く、これはこれでいいな。と惚れ直しました。
今すぐにココで犯したいくらいビンビンに痛いくらい勃起しましたが、理性を持って紳士的にムード作りをして、自然にベッドへエスコートして、三時間くらいかけてベッドイン。
そこから服を脱がせるまでに、いやよいやよの可愛い抵抗もあり一時間くらい、愛撫に二時間。
緊張でガチガチで全然感じてくれないし、濡れないしで挿入が本当に全然入らなくて。
朝まで舐めたりほぐしたり、ローション使ったりして大苦戦。
ゴムつけて、入らず萎えて。
ゴム新しくつけても入らず萎えて。
ついに六個あったゴムが無くなりました。
彼女はもう疲れたからまた今度と言い出す始末。
しかし私は、千載一遇のチャンスを逃すまいと懸命に努力し、ローションまみれの生ハメなら硬さも増すし、ゴムの摩擦がない分スルリといけそうだったので、彼女がうたたねして力を抜いた瞬間にズブリと半分くらいまで挿入しました。
「痛い!!」と叫び跳び起きて暴れる彼女を押さえて、我慢!我慢!もう少しだから!こういうものだから。と熱烈に説得し、睨まれながら蹴られながら、ようやくゆっくりピストンできました。
彼女は終始痛そうで申し訳無かったし、血も結構出たし、私は私で殺人的な締め付けに息子が痺れて感覚も麻痺していて、最初のセックスは気持ち良さよりもお互いに苦痛ばかりでした。
しかし、初めて見る彼女の弾力に満ちたおっぱいやアソコはピンク色で赤ちゃんみたいに綺麗で、肉感的な引き締まった美しい肉体にもちもちした吸い付くような白い肌は感動的でした。
苦痛に顔を見て歪め、早く終わってーとバタバタしている美しい彼女を見下しながら正常位でゆっくり犯しました。
足跡の全くない美しく積もった純白の新雪に足跡を残したような優越感、支配感、達成感に満たされました。
気を抜いた刹那、突然射精感が襲ってきました。
長時間の闘いで疲弊しきり、朦朧とした意識の中で「こんな経験人生で一度きりだ。中に出してしまえ」と悪魔が囁き、天使が「責任とる覚悟がないならダメだよ!」と叫びました。
どーしよう、どーしよう。超美形のベトナム処女にまさに今、生ハメしてる。生ハメってバレてない。次回以降は絶対「ゴムつけて」って言われるだろう。処女だから中出ししてもバレないだろう。中出ししたって一発で妊娠する確率なんて低い。すぐに洗い流せば多分…って都合よく考えてる最中にいよいよ出る感じになり、最終判断の時が来ました。
今すぐ抜けば外に出せる。中出しするなら、どうせなら一番深くまで刺して、子宮口に溜めまくった濃厚大量ザーメンを全部注ぎ込みたい。どうする?どうする?「あー、もう、出来たら結婚する!」と腹をくくり、彼女の華奢な肩を抱きしめながら、力一杯ズドンと深く深く刺してドピュドピュ信じられないくらいのザーメンを全部放出しました。
脳にドーパミンが溢れ、腰がガクガクするくらいのエクスタシィを感じ、恍惚を感じましたが、彼女は「最後の最後になんで一番痛いことするのよ!」と泣きながら激怒して枕でバフバフ叩いてきました。僕はまだ抜きたくなくて、しばらく挿れたままで彼女の膣の温かさと、じんわり広がる僕の精子の温かさの交わりを肉棒で感じていました。
ゆっくり抜くと「チュポン」と音を立てて亀頭が凄まじい膣圧からリリースされ、入り口はぴっちりと閉じました。
ザーメンが一向に溢れ出てこないので、指でなぞっていると彼女が不審に思い上半身を起こし、腰を上げた瞬間に腹圧で、まさにドローっと、我ながら引くくらい大量のザーメン汁が血に混じってピンク色になって止めどなく溢れ出してきました。
バレる!と思い、急いでキスして抱きしめて「愛してる!」と叫んで誤魔化しました。
高温多湿のベトナムで大格闘。汗だくでした。
彼女は早くシャワー浴びさせろ。と言わんばかりの不満顔でしたが、中出しはバレませんでした。
シーツもビショビショだったので、バスタオルを沢山敷いて一緒に夕方まで寝ました。
それからは徐々にですが、彼女もセックスが気持ちよくなり、一ヶ月くらいしてすっかり慣れると、酔うと向こうから「しよう」と誘うようになりました。
性に目覚めたベトナム女の性欲はバケモノで、毎回、4回、5回くらい絞りとられました。
買っても買ってもコンドームがすぐに無くなるほど、セックスに夢中になってしまい、僕はもはや誘われるのが怖くなり、寝たふりをして避ける日もしばしばありました(笑)
しかし、私は駐在員ではないので、毎月仕事に絡めてベトナムに行き、3日から長くて5日間くらいの滞在中ずっと彼女と過ごす感じでした。
空港まで必ず迎えに来てくれて、私を見つけると本当に嬉しそうに笑って、タクシーに乗り込むやすぐに抱き付いてくるのが愛くるしかったです。
しかし、そんなある日彼女が空港で会うや否や私の手を握り、涙目に青ざめた表情で「妊娠した…」と震える冷たい手で、突然告げてきました。
何時間も話し合い、彼女は「親にバレたら殺される。バレる前に結婚したい」
僕は「急には無理だよ…」の平行線。
結論が出ないまま帰国する日になり、怒った彼女が僕の携帯を破壊して出て行ったのて、電話番号もメールも分からなくなり、連絡する術を失ってしまいました。
勤務先のマッサージショップに行っても連絡先を教えてもらえず、警備員を呼ばれ出入り禁止にされてしまいました。
弱り果てて帰国し、何回かベトナムに行ったのですが、マッサージショップも辞めていて、完全に音信不通になりました。
しかし、僕は番号もメアドも変えていないので、彼女が望めばいつでも連絡できます。
針のむしろを敷かれた状態でただただ、連絡を待ちました。
一年近く全く連絡がなく、「堕したのかな…費用かかっただろうな…」と心配していると、彼女から一通のメールが。
そこにはなんと、分娩室で微笑む彼女と産まれたての赤ちゃんが。
本文には「産んだよ。それだけ。バイバイ!」と一言。
…愕然としました。
とりあえず鬼のように返信しまくるも返事は一切なく。
GW連休ぐが数ヶ月後にあったので、とりあえずチケット抑えて、やきもきしながら連休を待ちました。
連休初日の一番に、その写真を頼りに病院を探し当て、職員に金を握らせなんとか彼女の現住所を調べ、タクシーですっ飛んで行きました。
貧困層が住む治安が悪い地区の酷いボロアパートの一室が入院時に彼女が記した住所でした。
部屋をノックすると、赤ちゃんを抱いた彼女が無警戒に、ドアを開けて出てきました。
呆気なく果たされた再会に彼女は驚き過ぎて固まり、数秒後凄まじい勢いで火花がでるくらい電光石火のビンタかまされて、ドアをドガン!!と閉められました。
痛いのなんの。爪がチョット目に入って涙が止まらないし、とにかくドアをドンドン叩き、何時間も部屋の前で待ってると警察を呼ばれました(笑)
ベトナム語が一切分からないので、警察は僕をとりあえず押さえておいてから、彼女に出てくるように指示しました。
赤ちゃんを抱いたまま出てきた彼女はさっきまで、すっぴんだったのに、フルメイクにアオザイに着替えていました。
「女のプライドか…乙女だな」と愛おしくなりました。
「あんたが捨てたオンナはこんなに美しいのに」と言いたげでした。
それはもう、全く変わらず綺麗でした。
なんだかんだあって、警察は帰り、その日は彼女の部屋に泊まり、沢山沢山話し合い、赤ちゃん(我が子)をあやして寝かしつけ、色々あって、彼女と火がついたように激しくセックスしました(笑)
滞在中はずっと赤ちゃん(我が子)のオムツを替えたり、あやして癒されました。
近所の公園に行ったり、昔みたいにデートしたりして平穏に過ごし、「あ、結婚いいかも」って思いました。
でも、その後本当に色々話し合った結果、彼女は絶対にベトナムに住みたい。僕は日本で仕事があるから移住は無理。従って、やっぱり結婚は無理。となりました。
でも、やっぱり彼女のことが好きだし、赤ちゃん可愛いし、DNAが我が子と告げるくらい我が子だったので、養育費出すし、慰謝料じゃないけど、きちんと暮らせるだけの金は出すから。と申し出ました。遠慮する彼女でしたが、まだ右も左も分からないままシングルマザーにさせられた21歳の女の子。少しホッとした様子でした。
何時間も電卓を弾きながら、計算する彼女。申し出たはいいが、どエライ額言ってきたらどーしようと冷や汗が出てきました。
ついに、遠慮がちに彼女が出してきた要求額は、子供が成人するまで毎月二万円。
「え?」出産費用とかは?二万で足りるの?嘘でしょ?こういうのって数百万とかじゃないの?と頭が「?」だらけになりました。
そんな僕を見て「無理…?」と心配する彼女。
「自分の稼ぎが大体そんくらいだった。まあ、私は美人だから、その内結婚するだろうけど、子持ちは世間の目が厳しいから念のために20年間振り込んでくれ」とか言う感じが懐かしくて、やっぱり結婚しようかな。ってグラつきましたが、やっぱり無理なので、とりあえず引越し費用と当座のお金として30万円くらい渡したら、大金にビビって受取拒否。仕方なく一緒に両替して、銀行に預金しに行きました。
これでしばらく大丈夫。安心してスッキリ帰国できました。
空港まで赤ちゃんと見送りに来てくれて、写真を三人で撮って、涙涙で分かれました。
不思議なもので、離れると赤ちゃんと彼女が恋しくなり、毎日写真を見ながらSkypeで電話しました。
年に数回会いにも行きました。
顔を見ちゃうとやっぱり愛が湧き出してしまい、セックスも沢山したし、我が子の成長に目を細め一人前にパパごっこをしました。
会った時にまとめて20-30万円渡して帰る感じで、年に50-60万円くらいあげてました。
もっと出せたけど、彼女は「十分すぎる。私の両親の月収は二人合わせても二万円くらいだから」と気遣ってくれました。
「うーん、やっぱり結婚しようかな」と会うたびに、セックスする度に心グラグラ。
でも、やっぱり口げんかになるし、やっぱり無理だ。の繰り返しで二年くらい過ぎました。
その間も僕は日本でバンバン違う子とセックスしてたし、普通に風俗も行ってました。
懲りもせず中出しも沢山してました。
やっぱり遠距離は難しくて、彼女は彼女で寂しくて新しく恋人を作ってたし、段々と疎遠になり、数年後、美人な彼女は小太りの人の良さそうな日本人駐在員とデキ婚しました。
最後に会った時に、「別の日本人と付き合ってる。その人と結婚すると思う」と寂しそうに告げられました。
「優しい人?ちゃんと仕事してる?」と色々聞きました。
名刺を見ると有名じゃないけど、優良企業の課長くらいでした。
写真を見ると、絶対良い人なんだろーなってオーラが出ていて、「この人なら大丈夫」と太鼓判を押しました。
「…うーん、でも、どうしようかな…」とモジモジしてこちらを見ています。
僕はもう好きじゃなかったけど、これが最後のセックスになるだろうと感じたけど、彼女を優しく抱きました。
沢山沢山キスしながら朝までイチャイチャして、昔話を飽きるくらいしました。
「やっぱりベトナムには住まない?」彼女は聞きました。
「やっぱり無理だよ」そう答えると「そっか」と言って、深呼吸すると「わかった」と言って、悲しそうに笑いました。
翌日も三人で沢山遊んで、沢山写真を撮りました。
僕が最後のお金を渡そうとすると、「新しい恋人はあなたよりお金持ち。もう、お金いらない」と言われました。
じゃあせめて。そのお金を持ってバイク屋に行き、ずっと欲しがっていた新車のホンダのスクーターを買ってあげました。
出会ってから一番喜んで、抱きつかれてキスされて、後ろに乗せられながら試乗しました。
赤ちゃんを店員に預けて二人で無免許ノーヘル二人乗り。しかも僕が後ろ(笑)
その晩、興奮した彼女に犯されるようにセックスさせられました。
俺が最後のセックスと位置付けた、あの切なく美しいセックスは汚され、本当に最後のセックスは逆レイプ搾り取られ系でした。
今となっては笑い話です。
ずっと連絡はないし、してません。
きっと幸せに暮らしているんだと思います。
「万が一何かあれば、いつでも連絡するんだよ。必ず駆けつけるからね」と言い残し、メアドも電話番号もずっと変えていません。
今でもたまに、心がチクッとするような愛しい人との想い出です。
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