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私(30)は親父と同じ会社に勤めるサラリ-マン、親父(57)は関連会社の副社長で継母由紀(42)と歳の離れた妹真紀(3)(本当は我が子)の4人暮らしである。
親父は家庭を顧みないサラリ-マンで実母は高校の時、脳出血で呆気なく他界してしまった。
親父との会話もない父子家庭だったが「授業料は出す」と親父に言われ大学に進学した。
家には寝に帰るだけの学生生活で遊ぶ金は奨学金とバイトで稼いでいた。
バイト先の事務員で美人人妻良子(32)と同僚との飲み会で知り合い時々食事に誘われた。
良子は小学生の子が一人で家計の足しにとパート社員をしていた。
旦那には収入や夜の夫婦性活に不満があるようなことを言っていた。
女性と接することに慣れていない初心な大学生が「童貞?」と聞かれもじもじしている姿に良子は好奇心を抱いたらしい。
バイトの休みに良子からドライブに誘われ初めてラブホに入ったあの時の緊張感は今でも忘れられない。
良子に衣服を脱がされるとすでに男根は硬く反り返っていた。
「すごいっ」と良子は嬉しそうに微笑みバスタブに腰かけた私の男根を洗い終えると「大きいわ」とフェラチオをしてくれた。
初めての全裸の女体と気持ち良いフェラチオに我慢できず
「いきそうです」と告げると
「そのまま いいわよ」とフェラチオを続けるので遠慮なく良子の口内にたっぷり精液を放出した。
咥えたまま「ウグッ ウグッ ムッ ウッウウッ」とすべての精液を口内に受けとめ飲み干しお掃除フェラもしてくれた。
ベッドに移りフェラチオしながら良子が
「本当に初めて」と聞くので
「ハイッ」と答えると69になりクニリングスの仕方を教えてくれた。
がむしゃらに良子の女陰と陰核を舐め続けていると良子が艶声を出し始め仰向けになると
「きて」と両足を大きく開き女陰を露わにして誘ってきた。
「ゴムは」と聞くと
「今日はいらないわ 初めてでしょう」
良子に導かれ硬く反り返った男根を良子の女陰にゆっくりと挿入した。
「気持ちいいです」と言いながら奥深く男根すべてを良子の中に埋没させた。
「そっそう ウッ きついッ」としがみついてくる良子に覆い被さり良子の女陰に激しく男根を押込み続けた。
「いきそうです」と告げると良子は
「いいわよ そのままで」と腰にしがみついてきた。
「もうっ 我慢できない」
ドゥドゥビッ ドゥビッ ドゥビッ ドッビッドゥバァ~
女陰奥深く精液を解放つと良子は小さな艶声を出ししがみついてきた。
女陰から流れ出て来る精液を拭きながらお掃除フェラをしてくれた。
すぐに硬さを取り戻した男根に良子は驚きながら騎乗位で男根すべてを咥えこむと腰を上下左右前後に激しく動かし始めた。
腰を掴み下から突き上げてやると大きな艶声を出し始めた。
正常位になりがむしゃらに女陰を男根で突きまくっていると
「イッ イクッ~ 中に出して」とまたしがみついてきた。
「中に出す」と3回目の射精ながら多量の精液を良子の女陰深く気持ちよく注ぎ込んだ。
これが私の童貞喪失であり初体験での生中出しであった。
セフレとなった良子とは安全日に毎回2度生中出しを続けゴムを着けることはなかった。
はじめは良子がイク前に中出ししてしまっていたが徐々に慣れてくると良子と一緒にエクスタシ-を味わえるようになった。
良子も私の男根の虜になったみたいで私も良子からいろいろな体位を教えてもらい良子の痴態を楽しみ気持ち良く女陰深く中出しする醍醐味を味わった。
2年になり親父から「再婚話がある」と連絡があったが「親父が決めればよい」と素っ気ない返事をした。
サ-クルの先輩から家庭教師のバイト話がきた。
良子とのラブホ通いにも金がいるので引き受けることにした。
中学受験を控えた子供の家庭教師で合格した時には成功報酬を出すとのことで週2回自宅を訪問することになった。
子供の教育に熱心な母親美恵(38)も美人であった。
旦那は大企業勤務で出張も多いと美恵は愚痴っていた。
自宅の私の部屋がきれいに整頓され洗濯物がベッドの上に置いてあることが時々あった。
空き巣でもあるまいと不思議に思っていたら親父から「再婚する」と連絡があった。
良子との爛れたセックス、家庭教師に忙しくしていると突然親父から「明日の夕方自宅に戻れ。再婚相手に会わせると」と連絡がきた。
あまり乗り気ではなかったが自宅に帰ると食卓の上には美味しそうな料理が並んでいた。
継母となる由紀の手料理だった。
「部屋の片づけや洗濯物でお世話になります」と挨拶すると
「黙ってお部屋に入るのはいけないと思ったけれど」と言われた。
親父の会社の秘書課の女性でスタイルもよく美人であった。
いつになく親父も嬉しそうで久しぶりに家族らしい雰囲気で食事を楽しんだ。
この日から由紀は我が家に同居することになった。
2階の自分の部屋の向かいの部屋にはいつの間にかダブルベッドが持ち込まれていた。
時々由紀の艶声が漏れ聞こえてくることがあった。
翌日の朝は由紀も満足したような仕草が見て取れたので
「もうすぐ兄弟ができそうですね」とからかうと睨まれた。
良子を呼び出しラブホで淫靡なセックスを楽しんだ。
ソファに浅く座らせ足を大きく開かせ激しくクニリングスすると大きな艶声を出しながら仰け反り腰を震わせてきた。
仁王立ちフェラチオをさせると良子は我慢できないようで腰をもじもじと振り激しく男根を咥えこみ
「今日は大丈夫よ」と告げてくる。
ソファに座らせ腰を引きつけ良子の女陰に硬く反り返った男根を勢いよく奥深く届くように串刺してやると
「アウッ アアッ~」と淫靡な艶声を部屋中に響くほど出し始める。
バックで良子の女陰を楽しみ屈曲位で射精に向け激しく女陰を突き捲る頃には良子はメスの心地よい艶声を出し爪を立てしがみつきながら
「きてっ きてっ いっぱい中に出して」
と中出しを懇願してくる。
美味な人妻良子の女陰深く ドゥドゥビッ ドゥビッ ドゥビッ ドッビッドゥバァ~
気持ちよく中出しさせてもらう。
良子は肩で息をしながら足を広げ女陰から私の精液を垂れ流している。
旦那には見せられない痴態である。
ソファハードセックスと名付けた。
家庭教師も年末を迎え受験準備に入ると週2日から3日に変わった。
幸いに成績は右肩上がりで志望校へは合格できそうだったが美恵は不安そうだった。
子供に試験例題を解かしている間美恵との会話を楽しんだ。
親父の再婚話を話題に少しづつ下ネタを交え継母の艶声のことなど話す中になった。
美恵も旦那のことなど話し始めついに夜の性活に不満であると言い出した。
そして子供の受験前日家庭教師を終え帰ろうとしたら明日の試験時間に来てほしいと依頼された。
ソファに座りお茶を飲みテレビを一緒に見ているだけだったが美恵は傍に誰かいてほしかったようで
「大丈夫ですよ」と軽くハグして落ち着かせた。
帰り際もう一度ハグしながら美恵の唇を奪うと
「ダメッ」と軽く抵抗する美恵と舌を絡ませるキスを楽しんだ。
「合格祝いはこの続きを」とおねだりしてみた。
美恵との興奮醒めぬうちに良子を呼び出しいつものラブホでソファハードセックスを始めた。
「今日は危ないの ゴムお願い」と言いながら良子はフェラを続けた。
「生がいいよ」
「いいけど 外にしてよ」
良子の女陰を激しく気持ちよく味わい良子の痴態と大きな艶声を楽しんだ。
射精に向け屈曲位で激しく突きまくると危険日で感度の増した良子は仰け反りしがみついてきた。
「良子 イクよ」と耳元でささやくと良子は女陰を押し出し腰にしがみついてきた。
「イッイクッ アッ~ 外ッ 外に出して イクッ」
大きな艶声を聞きながら爪を立てて来る人妻良子の女陰深く ドゥドゥビッ ドゥビッ ドゥビッ ドッビッドゥバァ~
気持ちよく中出しさせてもらった。
「アアッ イッ ダメェ~」
良子は中出しされる温かな精液を味わっているようだった。
「中に出したのね」
「しがみついてくるから」
騎乗位から始まる2回戦も生中出しした。
「できちゃったかもね」と良子が少し不安な顔をしていた。
合格発表を親子で見に行った美恵から吉報が届き「合格祝いをしましょう」と連絡がきた。
その日は子供は友達とTDLに行き旦那は出張で家には美恵だけらしくお祝いのワインを買い尋ねることにした。
続く
当時、私はバドミントン部員で、入部したての春の大会は、右も左もわからないまま、本部席の手伝い要員をさせられていました。
その時、他校の背が高い3年生の女子と一緒だったのですが、やたら私の手を握るので、中学と高校では世界が違うな~と思ったものでした。
そして、大会が終わって後始末も済んだ後、その背が高い彼女に「U君(私の名)ご苦労さん。お腹減ったでしょ。」と夕食に誘われました。
言われるがまま連れられたのは、彼女が親元から離れて一人暮らしをしていたアパートでした。
ただただ素直に夕食をいただいた後、私が帰ろうとしたら、彼女は「U君の手、すべすべしてるね。」と言って、私の手を胸に導いて触らせてくれました。
なんだか、その後は暗示にかかったみたいで、あまり細かいことは覚えていないのですが、いつの間にか彼女は私の服を脱がせ、ビンビンになってしまっているチ○チ○を弄んでいました。
今でも覚えているのは、私にマ○コを舐めさせて、「とろける~」と声を上げていた事です。
そして、何のためらいもなく、チ○チ○に跨がられて、あっさりと童貞を奪われてしまいました。
心の準備も何もない速攻だったので、正直、感激はありませんでした。
むしろ「おかわり~」と、何度も求められた事で、女性の見方が変わってしまいました。
その日は、帰ったら家族に「何かあったのか?」と聞かれ、翌日は学校で「何か変だよ。」と友達からも言われる始末。
でも、10代の男の子でしたから、気付くと彼女のアパートへ通うようになっていました。(その後、生中出しのHの機会はありませんでしたが・・・)
「卒業したら、私が食べさせてあげるね。」とまで言ってくれた彼女。
でも、私は進学のため他所の街へ出て、そのうち連絡も途絶えるようになってしまいました。
あれから20有余年、彼女と暮らしていた方が幸せな人生を過ごせたかもと思う今日この頃です。
どうしても本番がしたくて人妻デリを選んだ。
人妻さんなら優しく許してくるかな?
3戦全敗。
世の中そんなに甘くないですね。
でも初風俗、初フェラ、初パイズリに初スマタ。
気持ち良かった~♪
おしま・・いじゃない。
まだ本番してない!
若いイケイケギャルだったらできるかな?
まだ諦めてません。
今度は若い子がいるデリヘルです。
Iカップ!
決めた、この子だ!
ワクワクし過ぎて30分も早く着いちゃった。
ラブホの駐車場で人間観察でもしようかなと思ってたらお店から電話。
「○○ちゃん、体調不良で今日はお休みです。」
えー!そんなあ!なんとかしてよ~
「なおみさん(仮)にキャンセルが出たので1時からなら応対できますよ。」
どんな子?Eカップ?
「うちのナンバーワンなんで間違いはないです。どうします?」
お願いします。
待つこと2時間。
ピンポーン♪
来た!
この瞬間が一番ワクワクするね♪
「こんにちわ~♪」
ん~、普通だ。
どこにでも居そうな普通の子がコンビニに来てるみたいな。
まずはシャワーで身体を洗ってもらうんですが、目の前の乳首をそっと触ってみる。
ビクッ
「あん!」
敏感なんだ。
「まだ早い~♪」
なんか嬉しくなってきた♪
「ねえ、もうおっきくなってるよ。」
あ、俺も敏感だった(;´∀`)
「ああん、あん、あ、あ~♪」
全身性感体みたい。
首も腰も太腿も背中も触るだけでビクビク震えてる。
もうそれだけでチンコびんびん。
「しゃぶってあげる」
気持ちいい~♪
「入れますか?」
え?あ、あの・・・
「さっきから入れたいみたいだし、いいですよ。」
やっぱ分かっちゃうんだ。
「はい、ゆっくり入れてね。」
目の前に足を大きく開いた女の子が。
そしてその真ん中にはおまんこがある。
そこに俺のおちんちんを入れるんだ。
あ、そうだゴム着けなきゃ。
「そのままでいいですよ。」
え?いいの?
「うん、ゆっくりね。」
ハイ。
ドキドキ
ここかな?
入らない。
違うみたい。
「ここね♪」
なおみさんがおちんちんを握って位置を教えてくれる。
あ、入りそう。
「あ~」
入った。
うわ~、なんだこれ気持ちいい♪
チンコ気持ちいい!
凄い気持ちいい♪
あ、動かさなきゃ。
くいくいくい
あ、出る!
ドピュドピュドピュ!!
あ!
ちょっと待って、出るの早すぎ。
うわ~、出ちゃったよ~
「気持ち良かったの?」
うん、凄く気持ち良かった。
「もう一回する?それとも休憩する?」
ちょっと休憩しよかな。
嬉しかった。
10秒も経ってないのに出ちゃった俺になおみさんは優しかった。
責めるでもなく、笑うでもなく、呆れるでもなく。
恥ずかしいという気持ちを抑えてくれたんだと思う。
「このまま寝ていい?」
いいよ。
二人は抱き合ったまま寝ることにした。
・・・
すーすーと寝息を立てるなおみちゃん。
俺は全然眠くないんだけど。
でもいいや、ゆっくり寝させてあげよう。
先日書いためぐちゃん(投稿No.6165参照)に聞いたんですが、二人は知り合いで昔同じ店にいたそうです。
その時大喧嘩して今は別々のお店になり、今でもライバル視してるみたい。
俺の童貞を貰ってくれた相手はなおみさんだよ。と話したら凄い悔しがってました。
それも嬉しかった。
おしまい。
今回の私の投稿は将来の夫に知られてはならない5年ほど前の20歳の時の屈辱的体験です。
私は母子家庭という経済的に恵まれない状況にあったにもかかわらず出身地を離れた遠くの私立大学で看護を専攻していました。
自宅から離れた私立大学への進学が可能だった理由は、その私立大学の理事をつとめる資産家のオジサマが、私の母の経営しているクラブのお客様として常連だった時代があった(理事と私の母親は肉体関係もあっただろうと思います)ので、その理事の亡くなった奥様の代役として私が理事のセックスフレンドになる代わりに学費の面倒を見ていただけたからです。
その理事が当時は20歳だった私に土下座してお願いされました。
要望とは『障●者の息子(余命1年未満のダ●ン症児)の期間限定のセックスフレンドになって欲しい。』という要望でした。
同時に『もちろん卒業まで一円も学費を払わない特典に加えて、看護師の国家資格試験勉強に専念するためにアルバイトの時間を削れるように、息子が生きている間は月に10万円以上は差し上げます。』という報酬の提示もありました。
当時はセックスボランティアという障がい者の男性の皆様を相手に性欲の処理を担当する女性の存在が徐々に指摘され始めていました。
ですから、私は軽い気持ちで『理事と理事の息子さんが私のヴァギナ経由で穴兄弟になっちゃいますよ~』と笑って答えて、簡単に引き受けてしまいました。
もともと20歳前後の私は本当にSEXが大好きな女の子で下はカッコイイ中学生の童貞卒業の相手から上は母が経営するクラブのお客様まで、不特定多数の男性とSEXできるだけで気持ちが明るくなり元気が出る淫乱な女の子でした。
もうすぐ亡くなる障●者とのSEXも当時の私にとっては趣味の一環であり、その趣味を繰り返すだけで学費免除とお小遣いの特典がもらえるという美味しい話なので簡単に乗ってしまいました。
ちなみに、その直後に『というか既に母と私は理事のペニス経由で棒姉妹ですよね?』とカマをかけたら、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていました。
〔理事に見られて18歳のダ●ン症の息子のスキン付童貞喪失を引き受けた私〕
私は『いつもと同じく私が理事にしてあげるプレイ内容:一緒に入浴>フェラチオ>コンドームの装着>ペニス挿入>ゴム内射精:を18歳の息子さんに見学させた後、息子さんにリピートさせてあげましょうよ。』と提案しました。
いつもの理事とのSEXを終えた後、体重が100kgを超え、明確にダ●ン症とわかる顔立ちの息子さんとも同じようにSEXしました。
私はSEXの最中の会話が大好きです。
健常者とのSEXは会話を楽しめる反面で、知能の発達の遅れているダ●ン症の息子さんはSEXの最中に『あっ』『うっ』『おっ』等の声を上げるだけです。
正直に言うと私はSEXの最中に違和感を感じていました。
にもかかわらず私はダ●ン症の男の子が途中から天使に見えてきて、SEXを終えた瞬間には幸福感さえ感じてしまいました。
彼がぎこちなく腰を振り、『あ~っ』『お~っ』『うっ』と叫んだ後、あっけなく射精して童貞を喪失した瞬間に、それまで三角形だった目が丸くなり、天使の笑顔になってくれたのです。
たくさんの男の子の童貞卒業に協力してきた私が最も幸せを感じた瞬間でした。
私はディープキッスをして『童貞卒業おめでとうございます!』と言いました。
隣にいた理事が息子の童貞喪失を見届けて涙を流しておられたことを私は死ぬまで忘れないと思います。
〔ダ●ン症児から受けた膣内射精には我慢できた私も膣内放尿には我慢できず〕
私の人生を通じて最も屈辱的な経験をする日がやってきました。
私が20歳だった大学3年生の夏休みに私の在籍していた大学が主催者になり、ハンディキャップを抱える子供たちとの交流の機会を設定するサマーキャンプが実施されました。
離島の合宿所という密閉空間で交流会です。
もちろん、理事の息子も参加しています。
理事と私は、ダ●ン症児の息子さんとは理事の自宅でのみSEXすると決めていました。
ですから、私はコンドームを持参していませんでした。
しかし、考えてみれば、そんな約束は理事と私の間でのみ有効であり、ダ●ン症児の息子さんには意味や概念さえ理解できないでしょう。
ダ●ン症児の息子さんは風呂あがりの私の浴衣姿を見て興奮したらしく、私の個室に素っ裸で忍び込み、私にのしかかってきました。
いつもなら止めてくれるはずの理事は別の部屋で寝ています。もう午前3時でしたから。
私も、理事の息子さんを突き飛ばして学費免除とお小遣い10万円を失うわけにはいきませんので、仕方なく膣内射精を受け入れると決めました。
私に童貞を捧げて以降、おそらく息子さんは私以外とは誰とも性交渉を持っていないでしょうから性病の危険性はないですし、そもそもダ●ン症児の男性は、不妊症である確率が高いので中出しされても妊娠するリスクは低く、万が一にも妊娠した場合でも、父親の理事が中絶費用を出してくれるとの計算もありました。
彼はぎこちなく腰を振り、『あ~っ』『お~っ』『うっ』と叫んで射精したのですが、やはりナマのペニスで感じたヴァギナは気持ちが良かったのでしょう。
いつものコンドームを使用するSEXの時にゴム内に射精する量と比べて遥かに多量の精液を私の膣内に射精したように私は感じました。
私の膣の奥底に少しばかり気持ちの悪いクチュクチュ感が残りました。
もちろん、いつものように『良かったよ。ありがとう。』と私は言いました。
もはや処女ではなくなった私は、せめて生まれて初めての膣内射精は将来の旦那様から受け入れようと思っていました。
その夢が叶えられなかったわけですから、顔で笑って心で泣きながら精一杯のつくり笑顔で『良かったよ。ありがとう。』と繰り返して言いました。
私は息子さんの体を揺すって私からペニスを抜くように促しますが、動いてはくれません。
それどころが、もそもそと息子さんのペニスが動き始めたばかりか、息子さんが『い~。い~。えへへへ!』と叫び声をあげた直後に、私の膣の奥の少しばかり気持ちの悪いクチュクチュ感は消え去り、小さなホースを体内に挿し込まれて液体を流し込まれるような感覚さえ感じました。
理事の息子(ここからは呼び捨て)は私の膣内に放尿したのです。
理事の息子は私の膣内に小便を流し込んだのです。
私は膣内射精を受け入れることは我慢できたのですが、さすがに膣内放尿には我慢できず『お願い!助けて!』と大きな叫び声をあげました。
理事の息子は精液と尿の滴るペニスを隠しもせず、大声をあげた私から逃げて自分に割り当てられた部屋へ戻っていきます。
〔健常者の産婦人科医や小児科医の卵から受けた膣内射精と膣内放尿に絶句〕
理事の息子が出て行った後に部屋に入ってきたのが、同じ大学の医学部医学科の30歳を超える4年生でした。
理事も『高校卒業後に6年ほど浪人して裏金で入って来た大金持ちの馬鹿息子』『大学でも留年を繰り返して親が不憫』『世界と日本の医学界のために医者にならせてはいけない』と馬鹿にしている男でした。
医学部医学科の30歳の馬鹿息子は『お~!これはこれは理事と理事の息子の性欲処理のメス豚ちゃんは噂通り君だったね!』という暴言を私に浴びせ、私をベッド上に押さえつけて、勃起したペニスを私のヴァギナに挿し込んできました。
もちろん私の心は『絶対に30歳の馬鹿息子にだけは膣内射精をさせない!』という拒絶感100%でした。
ところが、性行為の最中の私を興奮させるためのテクニックについては、キッス・うなじなめ・乳頭なめ・リズミカルな腰の動きなどテクニシャンと認めざるをえない男性でした。
それゆえ、私の体は医学部医学科の30歳の馬鹿息子のテクニックに満足すると同時に、SEXを金銭に換算する癖がついていた私は頭の中で『もし、望まない妊娠をしたら理事と30歳の馬鹿息子の親の両方から多額の慰謝料を獲得できる!』と考え始めていました。
だから、私は『駄目!中には出さないで!』と何回も繰り返して叫びました。
すると医学部医学科の30歳の馬鹿息子は『君みたいな地方出身の母子家庭の娘じゃ俺のような名門の家とは釣り合わないから中絶費用込み300万円の示談金で赤ちゃんも堕してね!』『ありがとう!中に出すよ!』『やっぱり!中出しレイプって最高!』と言いながら、膣内射精されました。
そして、医学部医学科の30歳の馬鹿息子は、将来は産婦人科医・小児科医を目指すにもかかわらず『はい!膣内洗浄!』と言いながら、私の膣内に放尿したのです。
医学部医学科の30歳の馬鹿息子は私の膣内に小便を流し込んだのです。
こうして天使と悪魔、いいえ2人の悪魔からの膣内射精と膣内放尿という悪夢の体験は終わりました。
もちろん、私は二人を刑事告発することも考えました。
しかし、私に膣内射精と膣内放尿という屈辱的な犯罪行為を働いたダ●ン症の息子さんの父親である理事と医学部医学科の30歳の馬鹿の父親から、それぞれ300万円の示談金をもらえることになり私は刑事告発をしないことにしました。
幸い妊娠していませんでした。
理事とのセックスフレンド契約も終わりました。
大学3年の夏休み明けから大学4年の3月までの1年半の学費や生活費として600万円は魅力的でしたので、手を打ちました。
その事件から1年半の私は真面目な処女に戻って看護師国家資格試験の勉強に専念しました。
私に膣内射精と膣内放尿という屈辱的な犯罪行為を働いた医学部医学科の30歳の馬鹿は交通事故で死去、理事の息子のダ●ン症児は天寿を全う、父親の理事も天寿を全うされたので、詳細を知る人はいなくなりました。
そして、私自身は地元に戻って現在の彼氏に出逢い、彼氏の童貞を奪い、私の好みのタイプに育てています。
私は膣内射精と膣内放尿という屈辱を夫以外の誰かにカミングアウトいたいと思っていましたが、ここでカミングアウトできて少し楽になりました。
やはり膣内射精は愛する男女が子供をつくるためにやるべきことであると私は思います。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
おまけに童貞喪失の時も含めて僕はコンドームを使わなくてもいいと言われて30回くらい膣内射精をしました。
オナニーとは別次元の気持ち良さでした。
農場を経営する僕の実家は農業研修生としてベトナム人も受け入れています。
その中に武井咲より美しく、成海璃子より巨乳なベトナム人女性がいました。
17歳の僕には眩い存在の女性でした。
絶対に処女だと僕は信じていました。
今も僕は22歳のベトナム人女性が実家の農場に研修生として来てくれた日の親子の会話を克明に覚えています。
僕が父に『農村の嫁不足がひどいなら22歳のベトナム人女性を嫁さんに迎えたい!』と告げたら、
父からは『なるべく日本人と結婚してくれよ!』、
母からは『県立農業大学校で地元の子を探せ!』と怒鳴りつけられたのです。
そんな中で父親が僕の18歳の誕生日の直前になって22歳のベトナム人女性とSEXをするように促し始めました。
てっきり僕は『父が22歳のベトナム人と僕の結婚を認める方向へ舵を切った!』と勘違いしました。
そして僕の18歳の誕生日の夜、風呂上がりの僕が自分の部屋に戻ると22歳のベトナム人女性が全裸で僕の蒲団の中に寝ており、カタコトの日本語で『農場長の息子さん!私の体をあげる!』と誘ってきたために、エロDVDから得た知識だけでベトナム人女性に挑みかかりました。
成海璃子よりも大きそうな巨乳を揉みながら、間違いなく武井咲を超える美女とキスする合間に『ずっと日本に残って一緒に農業を続けるために農場長の息子さんと結婚したいから赤ちゃんをつくりたい!』と言われた時は僕は嬉しくて仕方がなかった。
その発言を真に受けたこともあって、僕の童貞喪失の時のSEXは30秒で膣内射精してしまいました。
それから2週間くらいは平日は2回、日曜日は3~5回ほど膣内射精を続けていきました。
父による作為的な演出であることを知るまでは幸せな2週間でした。
ある日その女性は僕の実家から消え、別の農業研修生がやってきました。
同時に22歳のベトナム人女性が僕の実家に戻ることは絶対にないと伝えられました。
はじめ僕は『ベトナム人女性のお腹の中の僕の子供は?!』と心配していました。
母は『22歳のベトナム人女性は、すでに来日前に望まない妊娠をしていたんだって。うちの農場、というかお父さんが22歳のベトナム人女性の中絶手術のための費用を全面的に負担する代わりに中絶手術の前日まで、おまえ(=僕)の童貞喪失と性欲発散のための相手になってもらったの。あの女のことは忘れなさい。きれいな体の処女の子は他にもいるさ。』と言い放ちました。
僕は号泣しました。
今も僕は22歳のベトナム人女性との幸せな2週間を忘れることができません。
結局、22歳のベトナム人女性は無事に中絶手術を終え、帰国したようです。
僕は18歳の誕生日から始まった幸せな2週間を死ぬまで忘れません。
僕にとって、22歳のベトナム人女性は、僕の童貞を捧げ、僕に膣内射精の気持ちよさを教えてくれた素晴らしい女性ですから、僕は死ぬまで感謝します。
ぜひ22歳のベトナム人女性には故郷で幸せになっていただきたいものです。
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