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ショッピングセンターでぶらぶらしていると巨乳のかわいい子がいて、オッパイ星人の私は思わず声をかけました。
20歳で名前はゆきえでした。
電話番号を聞きだし、何度かデートをしました。
ある日車の中で、「大人の運動がしたい」と言われ「?」でしたが、ズボンのチャックを下ろされ息子をしゃぶられたときにようやく理解できました。
そのままラブホへ直行。
ゆきえとはそれまでキスだけでしたが、こうなれば勢いがとまりません。
ホテルに入ると仁王立ちのまま息子をしゃぶられ、ビンビンにされました。
今度は、こちらが責める番ですが、服を脱がせると思ったとおりの美巨乳で90のEカップでした。
69でお互い盛り上がったところでいよいよ挿入です。
私はゆきえで25人目になりますが、それまでゴム付けたのが5回ぐらいしかなく当然生で挿入しました。
全長17cmの息子がゆきえの中で暴れまわり、
「そろそろ、いきそう」というと
「中に出して」と言われ発射しました。
初めての中出しでした。
結局その夜は、4回中出しして泊まりましたが、朝起きてまた2回中出ししました。
ゆきえはその日仕事だったので職場まで送りましたが、腰がふらついてました。
ゆきえとはその後、彼女の家族がいないときに彼女の家で大人の運動を続けました。
当然中出しです。
先々週の日曜日にエスタは岡山方面へ旅立ち、先週の水曜日の朝に大阪に戻ってきた。
新大阪駅に迎えに行くと、中央改札口に現れ、いきなり抱きついてきていきなりキスをしてきた。
いい年をしたワシは周囲の目線が気になり周囲を見渡すと好奇な目で沢山の旅行者に見られてしまい一気に年甲斐もなく汗が噴き出した。
前回同様大きなスーツケースを2個持っており乗用車では乗らないのでランドローバーで迎えに来たのが正解だった。
荷物を積み込むと新御堂筋から吹田インターへ行き、京都に向かった。
車中では岡山の後楽園と倉敷の美観地区へ行き、倉敷アイビースクウェヤーを予約してやったのでそこに泊まり、広島の原爆ドームや宮島などを観光し、同じく予約してやった広島グランドホテルに2泊し、広島焼きを食べたなど山陽路の旅行の報告と、宿泊費や観光中の小遣いを渡してやったお礼を言ってきた。
吹田インターから名神高速に入ると報告も終わっており、報告中はワシの膝に手を置いていたが、ワシのファスナーを開け巨砲を握りだし、硬度が増してくると銜えてきて「これが欲しい」とディープスロートをしだした。
危ないので止めるように言っても聞かない。
バックミラーにパトカーが見えたので後ろをを見るように言うと頭を上げ確認してやっと止めてくれた。
京都では清水寺を観て、南禅寺へ行き、昼食に湯豆腐を食べさせると
「おいしい。始めて食べた」と大喜びし、その後平安神宮や銀閣寺、詩仙堂、金閣寺などを観光し、建築物や庭園の説明をしてやり、デジカメに収めていた。
夕食は鰻を食べさせ、岡崎の和風旅館に泊まった。
今日は全て日本のよいところを体験させてやろうという作戦だ。
和室に入るのも布団に寝るのも珍しいとマタマタ大喜びで、檜の浴槽のある家族風呂に一緒に入ると
「こんな体験は一生出来ない。ありがとう」と言い、前回教えた潜望鏡をしてきた。
浴室の外には坪庭があり、外へ連れ出すと庭石に座らせクンニをしてやると大きな声をあげ喘ぎだした。
1回逝かせてからバックから挿入し、2回目の絶頂を迎えてから結合を解き(ワシは逝っていない)もう一度浴槽に浸かり、浴衣を着て部屋に戻った。
ビールで再会の乾杯し、いよいよ本格的に長い夜が始まった。
別室には布団が2組敷かれており、行燈の照明が艶めかしい。
エスタは浴衣にも興味を示し、欲しいという。(翌日の朝旅館に言って記念品として買ってやった)
浴衣を脱いで布団に入ろうとするので、着たまま入るように言い、ワシも布団に入った。
エスタの浴衣の紐を解き、キスをしながら乳を揉み、舌を這わせると先程2回逝っているのでクレパスにへ指を持っていくともう洪水状態だ。
そこで隠しておいたバイブを取り出し、クリに当て振動を加えてから密壺に突っ込んで抜き差しをしてやると一気に上り詰めてしまった。
暫くグッタリとしていたが「すごすぎる」と言いながら巨砲を銜えてきた。
5分ほどして69になりお互い責め合い10分程してから正上位で貫き、その後は対面座位、背面座位、バック、騎乗位と楽しんだ後正上位に戻り子宮口に朝から出かけていた種汁を大噴射した。
その後、風呂で洗いっこした後もう一度お互いに満足してから寝た。
翌朝もせがまれ朝食後に1回楽しみ奈良に向かった。
奈良では東大寺大仏殿、唐招提寺、薬師寺、法隆寺などを案内し、奈良ホテルに宿泊した。
「日本に来れば日本旅館がいい」と言っていた。
前回に紹介したようにクリと臍にピアスをしているのでMっ気があるのではと思っていたので日本の隠語を教えながら言葉責めや、軽いSMで攻めまくり、初めてというアナルも体験させアナル処女を奪いアナル中出ししてやった。
もう一日付き合ってやりたかったが会社から急用があるというので翌朝大阪に戻り、前回泊まったホテルへ送ってやった。
翌日関空へ送り成田経由で帰らせたが、
「一晩考えた結果、大学を卒業すると日本で働きたい」と言いだした。
そこで、日本語が話せないのでYMCAに通わせ、ワシの会社で働くようにしたらどうかと提案すると、
「本当?。うれしい。4月に来るまで一生懸命日本語を勉強しておきます。よろしくお願いします」と言い、お土産にバイブと空港の免税店で好きなものを買うようにと100k(今は円高ユーロ安なのでこんなものか)を渡し
「今度来るまででワシだと思って楽しみな」と言うと、
「そうします。浮気をしません」と、うきうきしながら帰っていった。
ワシの会社には20人程の女子社員がいるが、会社を興してから一度も秘書や社員に手を付けていないが、入社前に手を付けたことになってしまった。
しかし、4月からの楽しみが出来た。
当時、親元を離れて兄妹2人で一緒に暮らしていました。
私が進学(合格)した大学がたまたま兄の通う大学の近くで、2人別々よりは一緒に暮らせば経済的だし、私の一人暮らしに親も心配だった様で、2人で暮らせば賃貸マンションにするという条件に、希望だった一人暮らしをあきらめました。
兄も古いアパートに1人暮らしをしていて、家事関係で楽ができるので乗り気でした。
2人暮らしが始まって3ヶ月くらい、6月終わり頃だったと思いますが、自分の部屋でオナニー(全裸で)してるところを、帰ってきた兄に目撃されてそのまま犯されたのがきっかけでした。
私はその時は、ただ呆然としててよくは覚えてないけど、抵抗はしたと思います。
でも、気持ち良くなって結局半合意みたいな感じでした。
その後は晦日の様に兄との関係が続き、始頃は罪悪感というか不道徳感がありましたが回数を重ねる度にそれも薄れていった感じでした。
初めての時は当然避妊はできなかったし、中に出されました。
その後は一応ゴムで避妊してたのですが、段々とルーズになっていって半年後には完全に生でする様になり、ゴムは使わず外出し避妊に頼っていました。
ゴム代も結構バカにならなかったし。
でも、何回か失敗して中出しされることもあって、不安でしたが妊娠には至りませんでした。
でもそれ以来中出しされる回数は増えていきました。
兄も危険日は避けていましたが、1年経った頃には、慣れからかそれも気にしなくなった感じでした。
私も、中出しされるときの気持ち良さに許していました。
でも、結局2年生の秋、妊娠して堕胎しました。
20歳になっていたので親の同意はぎりぎり不要で親には当然秘密で処理しました。
2人共堕胎して最初はショックで当分なやみましたが、関係はその後も続きました。
でも、避妊は以前と変わらず、生でした。
さすがに中出しは安全日だけになりました。
その後兄が卒業し就職したのですが、同じ市内だったので暮らしはそのままでした。
結局私が卒業するまでの4年間兄妹の関係が続きました。
それ以来兄との関係はありません。
マキは亭主と別居はしたものの2年間離婚は成立しませんでした。
彼女の別居後はほとんど毎日私が借りてやった彼女のマンションで中出し生活、危険日だけはマイルーラを使いましたがそれ以外は純粋中出しで、(完全ではないマイルーラでの避妊や排卵日の狂いなどの要素を考えれば)良く妊娠しなかったものと思います。
しかし、そんな生活も長くは続きませんでした。
私が本社に転勤になってしまったからです。
それでも管理職は便利なもので毎週水曜日(マキの休みの日)には何らかの理由をつけて彼女の住む町の支店に出張してはいました。
そうこうする内にマリの別居から3年が経て、その間ずっと経済的な援助をしてきた私の財政状態も苦しくなってきました。
偶々私の後任の支店長(私の5歳下の後輩)は、元妻に浮気されたのが原因でバツ一独身。
彼に「再婚しないか」と持ちかけ、マリには状況を話さず2人を会わせる機会を作りました。
後輩は魅力的なマリに一目ぼれマリにプロポーズ、マリは私に
「貴方の恋人でいたい」とゴネましたが
「俺の援助も続かないから生活にも困るだろう。君が結婚しても恋人としての関係は続けられるじゃないか」と説得し納得させました。
という訳で、後輩には悪いのですがそれからの7年間も人妻に戻ったマリとの中出し関係は継続したのです。
出張しては後輩と短い時間の業務打ち合わせ、その足でマリと会って(彼の顔を思い浮かべながら)激しくむさぼり合う関係は大変興奮させられるものでした。
そんなある日マリから息子を連れてディズニー・ランドに二泊三日で行くので会いたいとの連絡があり、幕張のホテルに彼女と息子の部屋とは別に私の部屋も用意して会いに行きました。
そこで私には信じられないような事態が発生しました。
マリが息子に「この人が貴方の本当のおとうさんよ」と紹介するのです。
マリが別居した時には息子はまだ3歳、それ以降のマリとの水曜日デートは息子が幼稚園や学校に行っている間にしていましたので息子には誰が本当の父親かは分っていません。
まア、息子には罪がないのでその3日間はやさしい父親を演じてやりましたが。
でも、マリが息子を寝かしつけてから私の部屋に来た時に
「なんであんなことを言うんだ」と怒ると
「だって私が再婚した時には息子はもう6歳で今の亭主が自分の父親で無いことは知っているのよ。この頃僕の本当のお父さんに会いたいって言うのよ」と、更に
「私だって本当に貴方の子供が欲しい。だから今回もちょうど子供の出来やすい頃を見計らって貴方に会いにきたの。貴方の子供を頂戴」と潤んだ目で訴えます。
そこまで言われると私も愛しさに打たれマリを抱きしめていました。
2晩に亘ってマリと計6回の交接、目的意識を持って子供を作ると決心した女のセックスと云うのは激しいですね。
「アアアアーーー。 貴方の子供ーーーううー 頂戴、頂戴ーーーーイクーーー」などと叫びながら何時もより激しく腰を振っていました。
その後マリは見事に妊娠、娘を出産しました。
今はもう息子が18歳、娘が11歳になりました。
私の彼女は20歳、まだ大学2年生で、身長は165体重47で割とスリムな体型です。
初めて付き合ったのが私で、セックスの良さも3回目くらいから覚えるようになりました。
生理の周期が一定しているので、決まって生理前は膣内射精をします。
ゴムと生ではやはり生がいいらしくて、逝きそうになると『出して!出して!あたしの中に精液全部ぶちまけて~』と叫びます。
そりゃもう、こちらはビンビンですよ。
好きな体位はバックで、そのまま膣奥の子宮の入り口にペニスの先端を押し当て両手で彼女の肩をグッと引き寄せ、約一週間溜め込んだ白濁液をぶちまけてやります。
自分でも驚くほど出ます。
出された瞬間、彼女は『アヒィ~!お腹熱い、熱いよぉ!!はじけるー!』と白目を剥きぎゅっと膣を締め付けます。
ペニスを膣穴から引き抜くと、まだ膝を折り曲げヒクつく膣穴を上に向けたままうつぶせになってハァハァ言ってます。
しばらくすると空気が入ってたのか『ブピピッ、ゴポッ、』っと卑猥な音を立てながら、ぶちまけた精液を垂れ流す彼女はとても卑猥です。
後で聞くと、中だしされた瞬間は熱い物がお腹の中で膨れあがっている感じ、とのこと。
昨日の話です。
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