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投稿No.6319
投稿者 生婬命 (48歳 男)
掲載日 2015年12月10日
投稿No.6202の続き

ご無沙汰しております。
事故で入院した為佳奈は、勤めていた病院をやめて看護してくれました。
正看の看護は非の打ちようがありません(もちろん息子の看護も)。
退院の時、病院からスカウトされ佳奈の新しい勤め先が決まりました。

7ヶ月に入り、お腹に負担が掛かるのでセックスはやんわりと断られています。
仕方ないので、返済日に利息分として、佳奈に内緒で義母の潤子の前後の二穴に中出してます。

先日、潤子からとんでもない提案が有りました。
「佳奈には、この事は内緒にして置くから、頼みを聞いて貰える?
 私の、上得意さんが逆3Pしたいって言ってるの。
 Tちゃん、こんな事頼めるの他に居ないからお願いね!」
「孫も生まれるんだし、そろそろ引退したら?」
「私に出来る仕事は、体を売るだけ。男の性欲を満たすだけ。他は何もできないわ。
 料理は佳奈に任せてたし、あの娘料理上手でしょ。」
この話になると、堂々巡りになり結論が出ない(潤子の身内は佳奈しか居ないので、老後は看る事に成るだろう)。
「大丈夫よ、貴方たちに迷惑は掛けないから。同居したらTちゃんを欲しく成るし・・・」

当日、指定されたホテルのラウンジで待ち合わせた。
「はじめまして、M崎です。今日は無理なお願いをしてすいません。実はビデオが趣味でして、誰も持っていない画を撮りたいんです。別料金を出すので、二人の絡みを撮らせて下さい。」
「Tちゃん如何する?私はOKだけど。後ダビングして頂戴。」
「流出しない、個人のコレクションにすると確約してもらえるなら。」
商談成立と成り、最上階の部屋に入った(別料金っていくら貰ったんだろう?俺の懐には、何も来ないけど。只マンで終わりかな。)

ビデオの撮影と言っても所詮素人、台本や画コンテが有るわけが無く、何時ものプレイをした。

SEEN1
口づけを交わしながら、お互いの服を脱がし合い、潤子が全身に舌を這わせて、怒張を咥え弄る。
「Tちゃん、凄い、何時もよりビンビンね。今日は、佳奈を忘れて、一杯愛してね!私のも触って」
「義母さん、何時もより濡れてるよ、如何したの?太股まで垂れてるよ」
「もっと一杯舐めたい、私の栗ちゃんも可愛がって!ンガァ~イィ・・イク~~」

SEEN2
シャワーを浴びながら体を洗いあい、潜望鏡・逆潜望鏡で珍宝とマンコを舐めあう。
ソープマットが用意されていたので、潤子に泡踊りして貰う(ローション+ソープ古式です)
「バブルの頃吉原に居たの、それ以来よ。自信無いな。痛かったら御免ね」
マットが済んだら、剃毛&お湯浣腸仕上げに牛乳浣腸。
最後に逆泡踊り(根性無いのでローションのみ)
ローション塗れの潤子の体を弄び二穴へ交互に挿入し。
「義母さん、俺の子を孕んで産んでくれ」
「Tちゃん。それはダメ中に出さないで!出したらダメ!・・・お尻に出して!」
アナルファックをしながら拳を膣に挿入しGスポットを擦り挙げた。
射精と同時に失禁をした。

これで撮影は終了にして貰った。
「有難う、いい画が取れた。迫真の演技でした。今まで見た近親物で断トツです。」
「M崎さんねェ~、私たち本物の親子よ。まあTちゃんは、娘の旦那だけどね。元はTちゃんも私のお客。
 佳奈の体が落ち着いたら、また3人でやらない?M崎さんにビデオをまわしてもらって。」
「佳奈を巻き込むのは、止めて。」
「佳奈のアナルはヴァージンなの?早く貫通式やれば」
「義母さん・・」
実は、安定期に入る前に貫通式は済んでいます。
でもアナルはNGのようで許してくれません。

暫く休憩しながら、世間話をしていた。
自然の流れで、プレイが始まった。
潤子が、M崎さんの一物を咥え快感を送り、勃起すると動きを速めた。
俺は、後ろから抱きしめ乳首と栗をいたぶる。
「ヒイヒャン、ヤメテ、我慢できなくなる。」
「う~~、出そうだ、口に出すから飲んでくれ」
「出して、一杯出してお口に頂戴」
「逝く・・・・」
射精した一物を愛おしそうに舐め再び勃起を促す為一心不乱に咥えハードに舐め続けた。

「元気ねぇ~、オマンコに入れて、それで私を滅茶苦茶にして」
後ろから羽交い絞めにして、仰向けにし股を大きく開かせた。
「AVみたいだな」
ビデオを手にして嵌め撮りを始めた。
騎乗位にして股間のアップを撮らせ、前傾させ、露わになったアナルを貫いた。
「義母さん、両方の穴に入れて貰えてよかったね」
「ダ~~メ!苦しい!ヤメテ~」
激しく、双穴を攻められと
「イグ・・逝っていい・・・逝く逝く・・・・イグゥ~~~~」
「ウォ~~締まる・・出・・出る・・・オマンコに出すぞ・・・・」
「義母さん、ケツマンコに出すよ・・」
双穴に射精された義母は放心状態だった。

「Tさん、私ね妊婦さんの画を撮りたいんですよね。お願い出来ませんかね?」
「ハァ・・・・」
「お願いします・・お二人の絡みを是非撮らせて下さい。お母さんとあれだけ激しいからもっと凄いんでしょうね。」
「それは、お断りします。夫婦の秘め事ですから。」
佳奈が母親と同じ淫乱になったら将来同居するのが怖い。

長居をすると、難問を吹きかけらそうなので、早々に退散した。
義母は、二三日一緒に居た様だ。

裏に流出しないよう祈ってます。

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カテゴリー:近親相姦
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投稿No.6268
投稿者 ンコリロ (29歳 男)
掲載日 2015年9月09日
投稿No.6054のその後を書きたいと思います。

昨年の10月。
当時小学6年生、12歳の姪の麻理菜の妊娠が発覚(発覚時点で妊娠2ヶ月だったそうです)し、それを麻理菜の母親である姉に見つかり、一生麻理菜の面倒を見る代わりに許してもらってから約1年が経ちます。
麻理菜は今年の4月から、私の住むアパートからほど近い中学校に通っています。
私が全ての面倒を見る必要があり、姉の家から私が引き取る形で現在は私と同居しています。
妊娠発覚直後、麻理菜は子供を産みたいと言っていましたが、母体の命の危険があるからということで何とか説得し、中絶させました。
中絶直後から麻理菜は精神的に病んでしまい、一時期はうつで自殺まがいのこともありました。
なんとか私が幼い麻理菜を支え、うつの症状も軽くなったため何とか4月から中学校に通うことができました。

その麻理菜ですが、先月あたりから精神的な物なんでしょうが、私と毎晩SEXをしないと気が狂うというおかしな病にかかっています。
何がそうさせているのか、精神科やカウンセラーの先生曰く、原因はやはり私にありました。
幼い体に性的な快感を教えた私に好意を寄せてしまい、さらに好きな人との間に、望んでいないにしろ子供ができて嬉しかったんでしょう。
その子供を理由が何であれ、殺してしまったことを自分のせいだと考えている節があり、何としてでも失った子供を取り返そうと自分を追いつめている可能性が高いとのことでした。
これは月に1回、麻理菜をカウンセラーの先生に会わせている中で伝えられました。
麻理菜は私との子供を望んでおり、私を喜ばせようと必死なんだそうです。

そのため、SEXを断ると麻理菜を精神的に追い詰めることになりかねないので、毎晩、時には朝の登校前に麻理菜を犯しています。
ちなみにですが、麻理菜は妊娠できる体に戻っています。
違法ですが避妊薬で堕ろしたあと、幸いにも副作用が出なかったためほどなくして生理が戻ってきていました。
それからというものの、私は麻理菜の基礎体温を記録し、妊娠させないよう努力しています。
と言うのも毎晩SEXするようになってから、麻理菜が挿入前にゴムはいらないと言って外してしまうことが多いからです。

「じゃあ挿れるぞ」
「お兄ちゃんマッタ。ゴム着けてる。外して」
「ダメだって」
「いいの。ゴムなしで挿入しなきゃダメ。ちゃんと私の中で気持ちよくなってそのまま全部中に出さなきゃダメなの」
「中出ししちゃったら子供できちゃうよ。もう少し、麻理菜が大きくなったらいっぱい作ろう?」
「いいんだってば。お兄ちゃんの子供欲しい。お兄ちゃんは麻理菜の子供欲しくないの?」
「そりゃあ欲しいよ。だけど麻理菜の体が・・・」
「もう大丈夫。だからいっぱい中に出して。麻理菜の体で気持ちよくなって。麻理菜の体はお兄ちゃんだけの物なんだよ」
そう言うと麻理菜は素早く私の息子に被せてあったゴムを外し、自分から挿入してくるのです。
いやあこの時の動きは鮮やかです。

だいたい毎晩このような感じです。
挿入しなきゃいいじゃんとも思いますが、精神的に追い詰める可能性がある以上、SEXを拒否することは得策ではないと考えています。
ならと、外出ししようとするのですが、挿入直後から妊娠固めのごとく両足でしっかり私の体をホールドし、中出しするまで離れようとしません。
体位をバックとかにしようとしても、麻理菜が拒否しますのでこれも無理。
麻理菜は正常位か騎乗位でしかしようとしません。
私に中出しする以外の手段がないように手を奪ってからSEXするので私は毎日がひやひやです。
そのため少しでも妊娠の確率を避けるため、危険日の把握が絶対なのです。
危険日は頑張って拘束を解いて外出ししていますが、今後成功の確率は低そうな感じがしています。
どうやら麻理菜は私に中出しさせることだけを考えているようで、今後がちょっと不安です。

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カテゴリー:恋人・夫婦,近親相姦
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投稿No.6259
投稿者 イチロー (30歳 男)
掲載日 2015年8月31日
妻の母、俺からは義母になる弘子。
今年のお盆に妻の実家へ帰省した時の事。

妻と知り合い結婚をしましたが、本当の決め手は母親の身体を戴きたく、妻と交際し結婚をした。
結婚5年目で義母の身体を手に入れた。

義母(弘子):69歳 豊満な身体(デブに近い)
義父:他界
妻との子供ができず不妊治療中。

今年のお盆は、義父の3回忌の法要があり妻と実家へ帰省をしました。
法要を済ませ、妻は仕事の関係で翌日一人で帰宅。
自分は実家の力仕事をお願いされたので一人残った。
妻を空港まで送り実家へ戻った。
早速手伝いをお願いされ、冷蔵庫の移動、洗濯干し受け(木製の修理)日曜大工的な内容で全て終わった。

ここからが念願の義母の身体を戴く。
冷蔵庫の移動の時、前屈みになると胸元が大きく開いたワンピースからノーブラのおっぱいが丸見えになったり、庭での日曜大工では袖から丸見えになる横乳がたまらなくいやらしい。

夕方、先に風呂を入らせてもらい、義母が田舎飯を用意してくれた。
一緒にお酒を飲みながら食事をし、義母もほろ酔い出した時に義母からHな話が出始めた。
昼間のおっぱいチラ見を全て見抜かれていて、平謝りたった。
義母から、ストレートに「私のおっぱい見たいの?」
素直に見たいと宣言。
義母は、それは出来ない。妻に申し訳ない。と・・・。
世間一般には当たり前、納得した。(とりあえず)

就寝しようと部屋に行き、寝転がっていると、義母が入ってきた。
風呂上りで、寝巻きの浴衣姿だった。
「イチローさん」と言い浴衣の帯を取り浴衣の前が開いた。
月灯りの中、義母の大きなおっぱいがうっすらと見えた。
「お母さんどうしたんですか?」
「私、本当はイチローさんとしたかったの(SEX)。」
「自分もです。」と言うと義母は、おっぱいを吸わせてくれた。

もう男と女です。
自分も素っ裸、義母もパンツを脱ぎ素っ裸。
お互いに舐めあった。義母のマンコは陰毛が無くパイパンだった。
陰毛の事を聞くと生えた事無く天然のパイパン。
(妻も極度に薄いのがわかるような気がする)
マンコもクリトリスも夢中でクンニをした。
義母もお返しとばかり、フェラをしてくれた。
義母が口に手を入、入れ歯を外した。(知らなかった)
歯の無いフェラは最高に気持ちがよかった。

そろそろ、マンコに入れたいと義母に言うと、義母が「そのまま来て、激しく突いて、全て受け入れるから。」
あまり濡れていないマンコにゆっくり挿入、濡れていないので激しくは出来なかったが、最後は中出しをさせてもらった。
その日は、そのまま抱き合ったまま朝まで眠りました。

翌朝、朝食をと起きて行ったら、浴衣を羽織っただけの姿でいて、大きなおっぱい、ツルツルマンコが見えている状態で朝食を戴いた。
義母から「もう2・3日泊まってね。」
義母から妻にTEL、まだお願いが終わっていないとの内容で勝手に決まった。

朝食後、隣町迄行き薬局へ。
潤滑ゼリーを購入。
・・・その晩・・・
ぬるぬるになったパイパンマンコに激しく突き何度も義母の中に発射。
夢が叶った帰省だった。

妻と話し合い、義母の面倒を見る事を決め、今年中に自分達のマンションに呼びます。
義母が来たら、妻に隠れて中出しをします。

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投稿No.6253
投稿者 武夫 (70歳 男)
掲載日 2015年8月23日
40年ほど前の想い出。

妻が第二子を出産したときである。
長男を出産するときは一ヶ月以上前から、田舎の妻の実家へ行って出産したが、二番目の時はこちらの産院で産むことになった。
出産予定の半月ほど前から妻の母が泊まり込みで我が家に来て世話をしてくれた。
妻は無事出産したがその後調子が悪くて、しばらく母子ともに入院を続けることになった。
義母と僕と二才の長男と三人の生活が続いた。
二才の息子は祖母が来てから、祖母とおふろに入り祖母の布団で寝ていた。

ある日、私がたまたま早く帰ったら、息子が今日はパパとばばちゃんと三人でお風呂に入ろうと言った。
それは出来ないから、パパと入ろうと言ったが聞かず、ばばちゃんと入るように言っても聞かず、どうしてもパパとばばちゃんと三人で入ろうとだだをこねた。
いくらダメだと言い聞かせても三人で入ろうと言って泣き止まない。
「よしよし分かったわ。三人で入りましょうね」義母が言った。
私はびっくりして
「お義母さん、そんな」と言ったら、
「武夫さん、こんなにせがんでるんだからいいじゃないですか。一緒に入りましょう」と言う。
私に異存はない。
それではと三人で入ることになった。

息子は大喜びではしゃいでいたが、私は別の意味で心が躍った。
義母は50才を過ぎたばかり、やせ形の妻と違ってぽっちゃり形である。
肌の色は白く、むっちりと弾力がある。
見た瞬間に私の股間がむくむくと勃起した。
あわててタオルで隠した。

湯船に入っている義母に背中を向けて自分の身体を洗った。
「あ、パパのおちんちんがあんなに大きくなってる」
いつの間にか湯船から出てきた息子が横に来ていて大きな声で言った。
私はあわてて「お先に」と言って風呂場から出た。
出るとき、チラッと横目で義母を見たら、義母もチラッと私の股間を見ていたようだった。

風呂から上がっても勃起は収まらず風呂場で見た義母の裸体が脳裏にちらついた。
その夜は隣の部屋で息子と寝ている義母を思って中々眠れなかった。

翌日、会社で取引先の接待があって、遅くなるので夕食も要らない旨を義母に言っておいた。
お酒の好きな取引先で、何軒も梯子してようやくホテルに送り届けた。

家に帰ると義母がパジャマ姿で迎えてくれた。
息子はとっくに寝たとのこと。
風呂に入ると昨夜の風呂のことを思い出してまた勃起した。
風呂から上がると義母がお茶を入れて待っていてくれた。
「お義母さん、悪いけどビールが飲みたいんですよ。接待では全然酔いませんでね」
義母にも勧めて二人で飲んだ。
義母の顔がほんのり赤らんだ。

接待で相当飲んでも酔わなかったお酒が急に回り出して頭がふらふらしてきた。
目の前の義母の半袖パジャマの胸の膨らみが誘っていた。
理性が吹き飛んだ。
「お義母さん、お願い」
義母に抱きついてキスをした。
びっくりした義母は抵抗したが私は義母を抱きしめて口を合わせた。
「ム、ム・・・」舌をこじ入れた。
絡ませた。胸を揉んだ。なでさすった。
パジャマの胸をはだけて乳首に吸い付いた。
舐め回し、吸い立てた。
パジャマのパンツを脱がせようとしたときは、義母は猛烈に抵抗したがこちらも狂っていた。
とうとう義母を全裸にして、自分も全裸になって義母に襲いかかった。
両足をばたつかせて抵抗する義母の股間に挿入した。
そのまま腰を激しく動かした。
酔っていたせいか中々射精せず、長く動いていた。
そのうちに義母の股間はびちょびちょになり、義母が胸をそらせてはあはあと喘いできた。
それを見た私はたまらなくなって義母の中にどくどくと射精した。
義母は微かな声をあげて私にしがみついて腰をがくがくと痙攣した。

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投稿No.6249
投稿者 武夫 (70歳 男)
掲載日 2015年8月15日
25年前の想い出。

子供が小さい頃は毎年お盆休みには妻と子供達と田舎の実家に帰省していたが、子供達が大きくなって来ると一緒に行けなくなった。
25年前のあの年、妻も子供も行けないというので私独りで帰省した。
当時、父はすでに亡くなっていて、70才の母が一人で暮らしていた。

お墓参りをして、夜、母の手作りのご馳走を食べて飲んだ。
母も久しぶりの息子と二人きりの食事に喜んで飲めないお酒を飲んではしゃいだ。
私の子供の頃の話をして、尽きなかった。
目がとろんとしてふらついてきた。
「お母さん、大丈夫かね。もう寝るかね」
母を抱きかかえるようにして母の寝室に連れて行った。
敷いてある布団に横たえた。
「あ、ありがと、パジャマ、パジャマを」
ふらつきながらパジャマに着替えようとする母を手伝ってブラウスを脱がせた。
思いがけない豊かな乳房が、現れて驚いた。
スラックスを脱がせたら、これまた弾力のある太腿が現れてびっくり。
確かもう70才のはず。とても見えない。
母はそのまま倒れて眠り込んだ。

見ていて思わず勃起した。
そういえば妻とは何ヶ月もレスだった。
母に女を感じたのだ。
さすがに禁断の行為に迷ったが酔った頭に理性が吹き飛んだ。
母の乳房を揉み、乳首を吸った。
母のパンツの中に手を這わせた。
陰毛をかき分けて中心部に指を這わせた。
濡れた穴に指を入れた。
そろそろと指を中に入れると心なしかそこが潤んできてとうとう奥まで指が入った。
指を動かすとそこがどんどん濡れてきた。
母が感じている。

私のものははち切れそうになった。
我慢できずに母のパンツを脱がせて母の両足を押し広げてそこに挿入した。
母が目を覚まして・・・「ん、んん、どう、どうしたの」
状況が中々飲み込めなかったようだ。
僕はもう狂っていた。
そのまま激しく腰を動かした。
「あっ、あ、武夫ちゃん、なに、何をしてるの」
跳ねのけようとしたが私はかまわず腰を動かした。
「ばか、何を、止めて、止めなさい」
「・・・・・・・」
「いけません、だめ、止めて、武夫ちゃん、だめよ」
「・・・・・・・」
私は頂点に達して母の中にどくどくと射精した。
「ひー、だめーー」
そのまま母の上に突っ伏して、正気に返った私は愕然とした。

それからのことはよく覚えていないが、翌朝、全裸で並んで目覚めた私は再び母にのしかかって、昨夜の再現となった。
70才になっても女は女だと実感した体験だった。

その後、一人で田舎へ帰るような機会を作り、その都度母を抱いた。
数年後、母が亡くなる直前まで続いた。

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