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場所は二人の住む小さなアパート。
生活用品で狭ぜましい部屋。
二人とも下着にスリップという格好になる。
母の目の前で娘の胸をゆっくり、そして激しく後ろから揉んだ。
娘は小さく喘ぎ息が上がってくる。
「お母さん、大丈夫、心配しないで・・」
心配そうに見つめる母に娘が言う。
私に胸をいじられながら・・。
罪悪感も出てくるが、ここまで来るとそれ以上に経験したことない興奮のほうが勝ってしまう。
ひとつずつ脱がして全裸になった娘のハリのある肌、まだ発達中のような胸を舐め回し味わう。
娘の喘ぎがさらに大きくなっていき、次第に母の顔も興奮している何とも言えない表情になっていくのがわかった。
マ○コはもう十分すぎるほど濡れている。
クリをいじると「あ!あ!」と合わせて激しく喘ぐ。
私も興奮して、いたずらしたくなる。
娘の両手を後ろで紐で縛った。
「ああ、お願いです、乱暴にするのは勘弁してください・・」
その姿を見て思わず母親が私に言った。
娘も少し怖がっている表情になったが・・それがまたたまらなくエロい。
私は立ち上がり娘の頭を抑え濡れた可愛いい唇の間に勃起したものを入れていく。
母は目を背けようとするが、気になりまた明らかにさっきより興奮していた。
自分で胸と股間を触り始める。
娘は適度に舌を絡めてくるので興奮と合わせものすごい快感である。
私はもっといろいろ楽しみたいとも思ったが、早くこれを娘のマ○コに沈めてみたくまた射精したくなり、彼女を布団に寝かせて覆いかぶさった。
濡れ濡れの両性器なので場所を確認する必要もなくすんなり挿入した。
「はあああん!」
彼女のとても可愛い喘ぎ声が本当にたまらない。
声が聞きたいので 激しく腰を打ち付ける。
生なので彼女の内壁の感触がまた強烈な快感だ。
こんなシチュエーションで私はすでに射精寸前である。
そんな私に気づいてか、「お、おねがいします 中だけは・・ だめ」と娘は言うが 私は無言で娘の両手を押さえつけて更に激しく腰を突き中出しの意思表示をしてみた。
すると・・
「お願いします! 出すなら ここで・・」
母は、下着を脱ぐと開脚し自分の濡れた秘部を私に見せた。
娘の初々しいものとは真逆の、何人もの男性器を咥えてきたようないやらしい色とヒダのマ○コだった。
わかった、じゃあ射精はそっちでさせてもらうよ・・
私はそういうと娘の中を突きまくって絶頂寸前で抜き、母親の中に射れた!母親の待ちこがれたという喘ぎ声と同時に
ドクドクドクドク!!ドピュドピュゥゥゥゥゥ!
母親の中にこれまた初めてではないかと思うくらい長く大量に射精し精液を注ぎ込んだ。
「奥さんのここは中出しの為の穴なんだろ?」
その次も思いのほかいやらしく熟女らしい大きな喘ぎで答え興奮した母親とした・・
そして最後は・・
「娘さんの穴でもいいんだよ、どうする?」
母親に耳元でささやくと首を振り目で訴えながら尻穴を私に開けて・・
涙ながらに大きな声を出すので手で口を塞ぎながらゆっくり強く心配する娘の目の前で、2度射精したにもかかわらず興奮でさらに硬くなったモノで、母親の肛門を快楽のために犯し弄んだ。
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いいな親子どんぶり・・熟女好きなので親のほう食べたいな~食べたいな!
なかなかできないたいけんですね・・やりたいね
私なら、親子丼に、してしまいます
その時の、母親の顔を、拝みたいです・・・
私も30年以上前、私の農場で働く使用人の親子と始めて親子丼を経験、母親は40歳、娘は17歳の未成年でした。
一年後、娘が結婚するまで続きました。結婚後もときどき、母を尋ねてきたときに親子丼をたべました。