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恐れ多くてむず痒いですが、嬉しいコメントも、落ち込むコメントも含めて拝読しています。
返事をしたいのですが、返事をするとあまり良い感じにならないし、ご期待に沿うようなお答えもできないので、しないことにしました。
私の体験談を信じて頂いても信じて頂けなくても一向に問題ないのですが、一応、自分が体験したままです。
記憶のスパイスが多少想い出を美化したり、ドロドロした汚い部分や不必要な部分を編集してダイジェストにはしていますが、私の歩んできた道程です。
ファンタジーやメルヘンではないし、文才も無いので、良い結末や面白いストーリー、理想的な冒険活劇には出来ないんですが、ほぼほぼまんま、こんな感じでした。
私は独身で、結婚したこともありません。
その理由を書いてと言って頂けたので考えたのですが、御縁がなかったからとしか言えません。
恋人も何人かいたし、結婚しそうになったことも何回かありましたが、とにかく女の子好きでセックスが大好きで、熱しやすく冷めやすい性格だから、すぐに目移りして、交際してもついつまみ食いや浮気ばかりしてしまうから、結婚に向いてないなと考えてはいます。
結婚願望も特になく、認知は求められていませんが、子供は海外含め認識してるだけでアチコチに何人かいます。
SNSでたまに偶然画像を見かけたりしますが、申し訳ないという気持ちと、可愛いなという親心と、新しいパパがいる場合が多いので、秘密は墓場まで持っていこう。一生会うことはないんだろうな。と思いながら見守っています。
海外だとベトナムに一人だけ子供がいます。
ベトナムには最初、仕事で行きました。
その時に訪れた日本人駐在員向け高級フットマッサージの受付をしていた可愛い子をナンパしました。
現地の日本人に連れられてそのマッサージ屋に行ったら、アオザイを着ためちゃくちゃ可愛い子が受付にいて、胸が高鳴り大興奮して最初から猛アタックして、一週間くらい毎日デートしてから付き合ってもらいました。
彼女は当時は20歳の大学生で、私は40前くらいでした。
日本語と英語を話せたので、コミニュケーションに不自由はなく、すぐに親しくなりました。
ベトナムでは日本人はモテモテなので、簡単に付き合えますが、彼女はピカイチに可愛くて自慢の恋人でした。
彼女と歩けば、日本人も現地人も彼女に釘付けになるくらい美人でした。
身長160cmで豊満なバストにくびれた腰、プリっと上がったグラマラスな尻はもうたまりませんでした。
農村の子なので、農作業の手伝いで鍛えられたナチュラルな筋肉がとても美しく、天にも昇るセックスでした。
彼女のファーストキスもバージンも私が頂きました。
ベトナムは保守的な社会なので、結婚するまでバージンでいるべきという考えは未だ根強いですが、私がどうしても抱きたかったので、彼女は私に初めてを捧げてくれました。
満月が綺麗な夜に海岸沿いのホテルを二部屋取り、二人で食事をして別々の部屋でシャワーを浴びてから、私は彼女の部屋をノックしました。
ドア越しに深呼吸する音が何度か聞こえ、しばらくしてからドアが静かに開きました。
彼女も決意したようで、シャワー上がりの濡れた髪、ノーブラのタンクトップに下はサテンのハーフパンツという無防備な姿で迎え入れてくれました。
すっぴんの素顔はとても幼く、いつものクールで美麗な顔立ちとは違う可憐な少女そのものでした。
まるで女子高生のように幼く、これはこれでいいな。と惚れ直しました。
今すぐにココで犯したいくらいビンビンに痛いくらい勃起しましたが、理性を持って紳士的にムード作りをして、自然にベッドへエスコートして、三時間くらいかけてベッドイン。
そこから服を脱がせるまでに、いやよいやよの可愛い抵抗もあり一時間くらい、愛撫に二時間。
緊張でガチガチで全然感じてくれないし、濡れないしで挿入が本当に全然入らなくて。
朝まで舐めたりほぐしたり、ローション使ったりして大苦戦。
ゴムつけて、入らず萎えて。
ゴム新しくつけても入らず萎えて。
ついに六個あったゴムが無くなりました。
彼女はもう疲れたからまた今度と言い出す始末。
しかし私は、千載一遇のチャンスを逃すまいと懸命に努力し、ローションまみれの生ハメなら硬さも増すし、ゴムの摩擦がない分スルリといけそうだったので、彼女がうたたねして力を抜いた瞬間にズブリと半分くらいまで挿入しました。
「痛い!!」と叫び跳び起きて暴れる彼女を押さえて、我慢!我慢!もう少しだから!こういうものだから。と熱烈に説得し、睨まれながら蹴られながら、ようやくゆっくりピストンできました。
彼女は終始痛そうで申し訳無かったし、血も結構出たし、私は私で殺人的な締め付けに息子が痺れて感覚も麻痺していて、最初のセックスは気持ち良さよりもお互いに苦痛ばかりでした。
しかし、初めて見る彼女の弾力に満ちたおっぱいやアソコはピンク色で赤ちゃんみたいに綺麗で、肉感的な引き締まった美しい肉体にもちもちした吸い付くような白い肌は感動的でした。
苦痛に顔を見て歪め、早く終わってーとバタバタしている美しい彼女を見下しながら正常位でゆっくり犯しました。
足跡の全くない美しく積もった純白の新雪に足跡を残したような優越感、支配感、達成感に満たされました。
気を抜いた刹那、突然射精感が襲ってきました。
長時間の闘いで疲弊しきり、朦朧とした意識の中で「こんな経験人生で一度きりだ。中に出してしまえ」と悪魔が囁き、天使が「責任とる覚悟がないならダメだよ!」と叫びました。
どーしよう、どーしよう。超美形のベトナム処女にまさに今、生ハメしてる。生ハメってバレてない。次回以降は絶対「ゴムつけて」って言われるだろう。処女だから中出ししてもバレないだろう。中出ししたって一発で妊娠する確率なんて低い。すぐに洗い流せば多分…って都合よく考えてる最中にいよいよ出る感じになり、最終判断の時が来ました。
今すぐ抜けば外に出せる。中出しするなら、どうせなら一番深くまで刺して、子宮口に溜めまくった濃厚大量ザーメンを全部注ぎ込みたい。どうする?どうする?「あー、もう、出来たら結婚する!」と腹をくくり、彼女の華奢な肩を抱きしめながら、力一杯ズドンと深く深く刺してドピュドピュ信じられないくらいのザーメンを全部放出しました。
脳にドーパミンが溢れ、腰がガクガクするくらいのエクスタシィを感じ、恍惚を感じましたが、彼女は「最後の最後になんで一番痛いことするのよ!」と泣きながら激怒して枕でバフバフ叩いてきました。僕はまだ抜きたくなくて、しばらく挿れたままで彼女の膣の温かさと、じんわり広がる僕の精子の温かさの交わりを肉棒で感じていました。
ゆっくり抜くと「チュポン」と音を立てて亀頭が凄まじい膣圧からリリースされ、入り口はぴっちりと閉じました。
ザーメンが一向に溢れ出てこないので、指でなぞっていると彼女が不審に思い上半身を起こし、腰を上げた瞬間に腹圧で、まさにドローっと、我ながら引くくらい大量のザーメン汁が血に混じってピンク色になって止めどなく溢れ出してきました。
バレる!と思い、急いでキスして抱きしめて「愛してる!」と叫んで誤魔化しました。
高温多湿のベトナムで大格闘。汗だくでした。
彼女は早くシャワー浴びさせろ。と言わんばかりの不満顔でしたが、中出しはバレませんでした。
シーツもビショビショだったので、バスタオルを沢山敷いて一緒に夕方まで寝ました。
それからは徐々にですが、彼女もセックスが気持ちよくなり、一ヶ月くらいしてすっかり慣れると、酔うと向こうから「しよう」と誘うようになりました。
性に目覚めたベトナム女の性欲はバケモノで、毎回、4回、5回くらい絞りとられました。
買っても買ってもコンドームがすぐに無くなるほど、セックスに夢中になってしまい、僕はもはや誘われるのが怖くなり、寝たふりをして避ける日もしばしばありました(笑)
しかし、私は駐在員ではないので、毎月仕事に絡めてベトナムに行き、3日から長くて5日間くらいの滞在中ずっと彼女と過ごす感じでした。
空港まで必ず迎えに来てくれて、私を見つけると本当に嬉しそうに笑って、タクシーに乗り込むやすぐに抱き付いてくるのが愛くるしかったです。
しかし、そんなある日彼女が空港で会うや否や私の手を握り、涙目に青ざめた表情で「妊娠した…」と震える冷たい手で、突然告げてきました。
何時間も話し合い、彼女は「親にバレたら殺される。バレる前に結婚したい」
僕は「急には無理だよ…」の平行線。
結論が出ないまま帰国する日になり、怒った彼女が僕の携帯を破壊して出て行ったのて、電話番号もメールも分からなくなり、連絡する術を失ってしまいました。
勤務先のマッサージショップに行っても連絡先を教えてもらえず、警備員を呼ばれ出入り禁止にされてしまいました。
弱り果てて帰国し、何回かベトナムに行ったのですが、マッサージショップも辞めていて、完全に音信不通になりました。
しかし、僕は番号もメアドも変えていないので、彼女が望めばいつでも連絡できます。
針のむしろを敷かれた状態でただただ、連絡を待ちました。
一年近く全く連絡がなく、「堕したのかな…費用かかっただろうな…」と心配していると、彼女から一通のメールが。
そこにはなんと、分娩室で微笑む彼女と産まれたての赤ちゃんが。
本文には「産んだよ。それだけ。バイバイ!」と一言。
…愕然としました。
とりあえず鬼のように返信しまくるも返事は一切なく。
GW連休ぐが数ヶ月後にあったので、とりあえずチケット抑えて、やきもきしながら連休を待ちました。
連休初日の一番に、その写真を頼りに病院を探し当て、職員に金を握らせなんとか彼女の現住所を調べ、タクシーですっ飛んで行きました。
貧困層が住む治安が悪い地区の酷いボロアパートの一室が入院時に彼女が記した住所でした。
部屋をノックすると、赤ちゃんを抱いた彼女が無警戒に、ドアを開けて出てきました。
呆気なく果たされた再会に彼女は驚き過ぎて固まり、数秒後凄まじい勢いで火花がでるくらい電光石火のビンタかまされて、ドアをドガン!!と閉められました。
痛いのなんの。爪がチョット目に入って涙が止まらないし、とにかくドアをドンドン叩き、何時間も部屋の前で待ってると警察を呼ばれました(笑)
ベトナム語が一切分からないので、警察は僕をとりあえず押さえておいてから、彼女に出てくるように指示しました。
赤ちゃんを抱いたまま出てきた彼女はさっきまで、すっぴんだったのに、フルメイクにアオザイに着替えていました。
「女のプライドか…乙女だな」と愛おしくなりました。
「あんたが捨てたオンナはこんなに美しいのに」と言いたげでした。
それはもう、全く変わらず綺麗でした。
なんだかんだあって、警察は帰り、その日は彼女の部屋に泊まり、沢山沢山話し合い、赤ちゃん(我が子)をあやして寝かしつけ、色々あって、彼女と火がついたように激しくセックスしました(笑)
滞在中はずっと赤ちゃん(我が子)のオムツを替えたり、あやして癒されました。
近所の公園に行ったり、昔みたいにデートしたりして平穏に過ごし、「あ、結婚いいかも」って思いました。
でも、その後本当に色々話し合った結果、彼女は絶対にベトナムに住みたい。僕は日本で仕事があるから移住は無理。従って、やっぱり結婚は無理。となりました。
でも、やっぱり彼女のことが好きだし、赤ちゃん可愛いし、DNAが我が子と告げるくらい我が子だったので、養育費出すし、慰謝料じゃないけど、きちんと暮らせるだけの金は出すから。と申し出ました。遠慮する彼女でしたが、まだ右も左も分からないままシングルマザーにさせられた21歳の女の子。少しホッとした様子でした。
何時間も電卓を弾きながら、計算する彼女。申し出たはいいが、どエライ額言ってきたらどーしようと冷や汗が出てきました。
ついに、遠慮がちに彼女が出してきた要求額は、子供が成人するまで毎月二万円。
「え?」出産費用とかは?二万で足りるの?嘘でしょ?こういうのって数百万とかじゃないの?と頭が「?」だらけになりました。
そんな僕を見て「無理…?」と心配する彼女。
「自分の稼ぎが大体そんくらいだった。まあ、私は美人だから、その内結婚するだろうけど、子持ちは世間の目が厳しいから念のために20年間振り込んでくれ」とか言う感じが懐かしくて、やっぱり結婚しようかな。ってグラつきましたが、やっぱり無理なので、とりあえず引越し費用と当座のお金として30万円くらい渡したら、大金にビビって受取拒否。仕方なく一緒に両替して、銀行に預金しに行きました。
これでしばらく大丈夫。安心してスッキリ帰国できました。
空港まで赤ちゃんと見送りに来てくれて、写真を三人で撮って、涙涙で分かれました。
不思議なもので、離れると赤ちゃんと彼女が恋しくなり、毎日写真を見ながらSkypeで電話しました。
年に数回会いにも行きました。
顔を見ちゃうとやっぱり愛が湧き出してしまい、セックスも沢山したし、我が子の成長に目を細め一人前にパパごっこをしました。
会った時にまとめて20-30万円渡して帰る感じで、年に50-60万円くらいあげてました。
もっと出せたけど、彼女は「十分すぎる。私の両親の月収は二人合わせても二万円くらいだから」と気遣ってくれました。
「うーん、やっぱり結婚しようかな」と会うたびに、セックスする度に心グラグラ。
でも、やっぱり口げんかになるし、やっぱり無理だ。の繰り返しで二年くらい過ぎました。
その間も僕は日本でバンバン違う子とセックスしてたし、普通に風俗も行ってました。
懲りもせず中出しも沢山してました。
やっぱり遠距離は難しくて、彼女は彼女で寂しくて新しく恋人を作ってたし、段々と疎遠になり、数年後、美人な彼女は小太りの人の良さそうな日本人駐在員とデキ婚しました。
最後に会った時に、「別の日本人と付き合ってる。その人と結婚すると思う」と寂しそうに告げられました。
「優しい人?ちゃんと仕事してる?」と色々聞きました。
名刺を見ると有名じゃないけど、優良企業の課長くらいでした。
写真を見ると、絶対良い人なんだろーなってオーラが出ていて、「この人なら大丈夫」と太鼓判を押しました。
「…うーん、でも、どうしようかな…」とモジモジしてこちらを見ています。
僕はもう好きじゃなかったけど、これが最後のセックスになるだろうと感じたけど、彼女を優しく抱きました。
沢山沢山キスしながら朝までイチャイチャして、昔話を飽きるくらいしました。
「やっぱりベトナムには住まない?」彼女は聞きました。
「やっぱり無理だよ」そう答えると「そっか」と言って、深呼吸すると「わかった」と言って、悲しそうに笑いました。
翌日も三人で沢山遊んで、沢山写真を撮りました。
僕が最後のお金を渡そうとすると、「新しい恋人はあなたよりお金持ち。もう、お金いらない」と言われました。
じゃあせめて。そのお金を持ってバイク屋に行き、ずっと欲しがっていた新車のホンダのスクーターを買ってあげました。
出会ってから一番喜んで、抱きつかれてキスされて、後ろに乗せられながら試乗しました。
赤ちゃんを店員に預けて二人で無免許ノーヘル二人乗り。しかも僕が後ろ(笑)
その晩、興奮した彼女に犯されるようにセックスさせられました。
俺が最後のセックスと位置付けた、あの切なく美しいセックスは汚され、本当に最後のセックスは逆レイプ搾り取られ系でした。
今となっては笑い話です。
ずっと連絡はないし、してません。
きっと幸せに暮らしているんだと思います。
「万が一何かあれば、いつでも連絡するんだよ。必ず駆けつけるからね」と言い残し、メアドも電話番号もずっと変えていません。
今でもたまに、心がチクッとするような愛しい人との想い出です。
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甘く切ない思い出でしたね。読んでいて引きこまれました。ベトナムの彼女と子供を想う気持ちが伝わりました。ベトナムの彼女も清流さんにも幸せになってもらいたいと思いました。小学生の作文みたいでごめんなさい。
初めまして。
下心満載でこのサイトに来てみましたが…
何だかとっても切なく、ちょっと涙が出てしまいました。
ベトナムの彼女が、幸せな結婚生活を送っていることを
心より願っています。