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投稿No.7391
投稿者 昔話、淫乱女の夫 (70歳 男)
掲載日 2019年7月29日
初めて食事と言うか所謂「デーとなるもの」をしたその日に処女をくれた彼女だったが、仕事関係で何ヶ月も前から、良く合い、仕事の話は勿論普段話などもしていた間柄だけだったのにデートらしき物をしたその日に、体をくれるとは思いもせず、随分後になって私が余程好きだったのかと聞いてみたが、ただ単にそう言うチャンスが無くて、私が処女を捨てる相手として(職業も含め?)良さそうだと思った??と。
まあ私もただ単に遊び相手だとしか思っていなかったのだから、お相子といえばお相子だったのだが。

その後がいけなかった?おとなしそうで、素朴で、今で言うとアニメの「冴えない彼女~?」のような娘だと思っていたら、高校ではあるスポーツクラブのキャプテンをやっていたと知り、そのセックスの激しさを成る程と、理解した。
しかも、あっと言う間にオルガスムスと言う心身ともに最高の喜び、気持ち良さを知ってしまい、マスターベーションを覚えた猿は、疲労して寝るまで続けると言うが、正にそれと一緒。
その相手をさせられた私の方が、最初のうちこそ面白がって何度でも相手をしていたが、まあ若かったから出来た事だと思う。

私は良く判らないが、スポーツをしている人は女子は女子で着替え室が有るのだろうが割りとグランドの隅とか、体育室、講堂の隅でパパッと着替えしたりするようで、まして田舎娘だったので恥ずかしいと言う気持ちがかなり人より無かったと後になり判った。

で、「世の中にこんなに気持ちが良い事が有ると知っていたらもっと早くからすれば良かった」と言ってもまだ二十歳だったが、それこそそれを取り戻そうとするように日に何度でも性交をせがみ、生で中出しセックスを繰り返し互いの家の中どころかしたくなったら何処ででも、と言う彼女で、我が家は市内で公園の隅の木陰とかトイレの中とか、 彼女の田舎では麦畑の中とか、芦の茂みの中、とにかく何処ででも求めて来て大きな喘ぎ声を上げるから、何人にも覗かれると言うか、モロに見られた事は何度と無くあった。
中出しは当たり前のように行ったが、それが不思議な事に結婚して、計算が合った様に妊娠し、そうなれば生で中出しは当たり前、途中から友人も含めそれこそ出産日にさえオメコにザーメンを含ませて病院へ送った。

恥を知らない位、覗かれているのが判っていても性交を止めようとはしない妻だったが、青姦でも、カーセックスででも人に覗かれている事に対しては殆ど羞恥らしさを見せない妻だったが、結婚後、陰毛を剃ったり、除毛クリームで奇麗なパイパンにしてやると、写真写りも良く、また友人はそれをとても喜んだが、妊娠した事が判ると何度も病院へ通わなくてはならないので、その時は「毛をそらないで」と言うがそれを聞く私ではない。
出産までに何度も産婦人科へ行くその日の朝、性交しザーメンを含ませたオメコのまま病院へ私が送り、陰毛を剃られていて、尚且つザーメンが子宮に残っているオメコをあの両足を広げる産婦人科の椅子に乗りオメコの表面はまずは看護婦が拭くのだろうが、その時匂いで判るだろうし看護婦が奥まで拭くとは思えない。
で、男の医者がクスコでオメコを広げられればザーメンは嫌でも目に付くだろうから、診察室から出て来る妻が真っ赤になっているのを見る事が私にとってはゾクゾクするほどの、羞恥プレイだった。

出産時にもまずは私のザーメンが先に流れ出た事は間違いない。
案外すべりが良くて安産だった事に寄与したかも??

そして出産後一月もせずまた中出しの日々、最初の子が年末に生まれ二人目は1年置いて5月だったから年子と言っても良いくらい、そしてすぐ避妊リングを入れさせたが、その時も勿論パイパンで中出しをしてろくに拭きもせず病院へ送り、真っ赤な顔で出てくるのを見るのが妻の数少ない羞恥姿だった。

公園やお城などの屋外で性交し、陰に覗きがいるのが分かっていても恥ずかしがるよりも、返ってその事で余計に興奮しオメコが締まるのもきつくなり喘ぎ声も大きくなる妻だったが、病院、そして町内会の旅行等で近所の人と一緒にお風呂へ入る時は恥ずかしがり、タオルで陰部をしっかりと見えないようにしていたらしい。
セックスしている所は見られても殆ど恥ずかしがらないのに、女の気持ちは分からない。

避妊処置をしてからは勿論常に生、中出し、そして友人も二人三人と増え、それこそ何回と言うより、逝きっぱなしでオメコからは誰のかもう訳も判らないザーメンと本気汁がだらだらと流れ、バスタオルでは足らず剥ぐって見ればシーツまで大きなしみが出来ていた。
妻にとってセックスとはとても気持ちの良いスポーツのような物だったのかもしれない。

「逝く」とか隠語等は私が教えなかったからなのか全く口にした事はないが、応援で大声を出す事はあっただろうから、喘ぎ声と言うか、「あ行」とか「は行」等の喘ぎ声は凄く大きく、逝く時は、それが長く続くから(ああ、逝ってるな)と判り勿論体自体がビクビクと痙攣してオメコがぎゅーっと締まる事ででも判った。

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コメント

  1. はるよし(古希爺73歳現役)

    奥様との婚前後のお話ですか?
    こんなに好きな女もいるのですか?
    スポーツやってた時はスリムだったのでしょう。
    お産後はかなり太っている白豚のようでしたが。

  2. 淫乱女の夫

    白豚はちょっと言いすぎですが?私がひょろひょろだったのに比べ、がっしりした体格でした、
    そこらへんに気持ちちとしては、釣り合いが取れるのでは、と思ったのですが、セックスに溺れていく間に仰るとおり
    白豚に変わって行きました?ザーメン太りだったのかな?

  3. はるよし(古希爺73歳現役)

     貴殿の愛妻様の動画を見せて頂き、爺の本心を白豚に例えて申し訳ございませんでした。

     お若い時のビデオでなく50代のころだと察しますが、体重も60kg超えで肉付きもよく、デブ系に属すパイパン女性だと見えましたので、ついつい白豚に例えてしまいました。
     思いついたことを素直に書くのが爺の端緒です、本当の事を書いてスミマセン。

     

  4. 淫乱女の夫

    妻となった女は田舎の農家の娘で牛馬の性行為等子供の頃から見慣れていてそう言う事に慣れていて興味さえなかったのでは
    と思います、
    もっぱら学校での運動部での事に持って生まれた素質もありそちらの方に励んでいたようですが、
    私がその興味と言うか、好みの方向を変えさせたとしか思えません、
    そしてその喜びを覚えたと思えばもうまっしぐら?私に向かって必死にセックスに向かって一生懸命?と言った具合でしたね、
    ですから私が言う事は私にとっては冗談半分でも何でも言う事を聞き、聞きさえすれば私がセックスしてくれる訳だから
    それこそ、屋外であろうと、人目につこうと関係なく私の言う事を聞いたというよりも、兎に角セックスをして気持ちよくなりたかった
    と言う事が一番だったようでしたね。
    結婚後殆ど専業主婦になり、殆ど家へ帰ればセックスを待つ女になり、座敷豚に成り果てたわけです?
    たまに何年か私が言うところへ勤めたりもしましたが、それも全て私の思う助平な事への足掛かりであっただけの事です。

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