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もう数年前の話になりますが、旦那がいる身でありながら、私は40代の男性と不倫していました。
もともとは旦那への腹いせのつもりでした。
上の子を出産したあたりから性関係が倦怠してしまい、私は欲求不満に陥っていました。
毎日のオナニーでなんとかごまかしていたのですが、ある日、旦那が取引先の受付の子と肉体関係を伴った付き合いをしていることを知りました。
言いようのないショックと嫉妬感に苛まれたと同時に、自分だけが欲求不満でいることが惨めに思えました。
旦那はともかく、何の罪もない子供を裏切ってしまったことには未だに罪悪感があります。
それでも、旦那の不倫に指をただ咥えるだけの日々に我慢できなかったというのが正直なところです。
彼とは、ママ友の紹介で知り合いました。
そのママ友は不倫に慣れた人で、男性紹介のツールをたくさん持っていました。
「平日の昼間でも会える」ことを条件に相手を探してもらった結果、彼を紹介されました。
経営の仕事をしている人で在宅勤務が多く、仕事が忙しくないときは休みも彼の自由でした。
紹介される前に、ママ友からは「家庭に迷惑がかからない程度に束縛されるかも!?」と言われていました。
実は、「どうせならメチャクチャにされたい。おかしくなりたい」と彼女に伝えていました。
旦那への怒りに任せて、彼女には恥じらいもなく自分の欲求を告白しました。
だから、彼女からそう言われたとき、私は興奮しました。
本当にそうなったら困るくせに、帰りたくても帰してくれないくらいで丁度いいとさえ思っていました。
彼は30代のときに奥さんと離婚していて、仕事場も兼ねた3LDKのマンションに一人で暮らしていました。
始めの数回はホテルに行きましたが、その後は彼のマンションに通うようになりました。
実際には、帰りの時間になったらちゃんと帰してくれました。
ママ友の言葉通り、家庭に迷惑がかからないようにその辺はしっかりした人でした。
ただ…彼と時間を共にしている間は、確かに身も心も彼に束縛された気持ちになりました。
性癖が変わっている人というか、ちょっと変態だったんです(笑)
彼とのエッチは性行為というよりも、調教に近い感じでした。
ベランダに閉め出されてオナニーさせられたり、アソコを広げる器具を使って子宮の動画を撮られたり…
おしっこのときはトイレを貸してもらえず、お風呂場かキッチンの流しの中で、彼に見つめられながらでした。
何度か無理やり飲まれたこともあります…(汗)
完全に彼の言いなりでした。
家庭に迷惑はかからない分、彼の前では、結婚していることなど言い訳にもなりません。
そのうち彼から数万円が手渡され、それで電車の定期券を作るように言われました。
だいたい週2日、多いときで5日、自宅から1時間近くかけて彼のマンションに行きました。
このころから下着の色まで指定されるようになり、ないときはランジェリーショップに行きました。
彼の言いつけにためらいはありましたが、嫌悪感はありませんでした。
それどころか、彼に変えられていく自分に少しずつ興奮を覚えるようになりました。
彼の前で裸になると、旦那では感じなくなってしまったドキドキと何をされるかわからないスリルがあり、その瞬間だけが、自分が女であることを証明してくれました。
性癖とは言え、一人の男性からここまで執拗に執着されるのも初めての経験でした。
旦那への腹いせが目的でしたが、私は彼に別の部分を目覚めさせられることになりました。
何度か関係をもったらキッパリやめようと思っていましたが、結果として彼とは1年半ほど付き合いました。
自分がどう変えられてしまうのか見たかったし、たとえ別れを切り出しても彼が許さなかったと思います(笑)
あるころから、私は彼のためにピルを飲むようになりました。
彼から「もう避妊はしない」と堂々たる宣告を受け、実際にそれ以降、コンドームは一度も使いませんでした。
旦那に申し訳ないのですが、このころの私は、少なからず彼に本気になっていたと思います。
彼にとっては膣外射精も避妊のうちで、毎回ではありませんが、射精もアソコの中でされるようになりました。
(たぶん…)冗談で、彼からはずっと「ピルは飲むな」と言われ続けました。
しっかり中で出した直後に、「ピルはやめろ。もう飲まなくていい」と…(汗)
「中で出して、ピル飲まなかったら…ヤバいですよね?」
「ヤバくはない。人口が一人増えるけど…」
と彼に笑いながら言われました。
もちろんピルは飲み続けました(苦笑)
短期間ではありますが、かつてピルを服用していた時期があり、ピル自体にそこまで抵抗はありませんでした。
産婦人科に通い、処方箋をもらい続けました。
(言う必要もないですが、診察で「不倫相手が人口を一人増やす気なので…」とは言っていません笑)
病院に行った話をすると、相変わらず「ピルは飲むな」と言われましたが、何も言わずにお金を手渡してくれて、それが実質、診療&ピル代になりました。
ピルのおかげで大惨事には至りませんでしたが、いつ生理が止まってもおかしくない行為をされていたので、今になって思うと、さすがにどうかしてたかなぁ…という気もします。
それでも、当時の私はピルを飲み続けるつもりでした。
中に出されると、これで人生を終わりにさせられたような虚無感がありましたが、子宮まで汚されてしまった興奮と快感を感じてしまいました。
アソコから溢れ出る精子を拭くことまでは許されましたが、絶対に中は洗うなと言われていました。
「絶対に洗うな。自宅までそのままでいろ」
エッチの後は2人でシャワーを浴びるのですが、彼は私が余計なところを洗わないかずっと監視していました。
1発だけならいいのですが、1日のうちに何発か出されると、帰り道に歩く振動で逆流してきました(苦笑)
その状態で自宅の敷居を跨ぐ自分がちょっと怖くなりました。
自宅の脱衣所で下着を脱ぐと軽くお漏らしした程度になっていて、そのまま家族の衣類と一緒に洗うことはさすがにできませんでした。
だいたい彼の家には午前中に行き、お昼前はベランダに出されたり、子宮を撮影されるといった辱めでした。
その後、彼に昼食を作り、寝室に行くのは午後でした。
彼はお酒が大好きな人で、仕事が休みの日には必ず昼にお酒を飲んでいました。
何度か泥酔状態で寝室に連れて行かれ、そのときは恥骨が変形するかと思うくらいの勢いで腰を振られました。
ある日、ベッドの上で「本当に妊娠したらどうする?」と泥酔した彼に聞かれました。
酔っていなくても、彼はふざけて意味深な発言をすることがよくありました。
私は彼をからかってやろうと思いました。
「旦那と離婚したら、もらってくれますか?」
もちろん冗談ですが、冗談でもこう言った自分にドキドキしました。
「そんな重い返事が来るとは思わなかった(笑)」
と言って、彼は吹き出していました。
この数日前にも、彼にいきなり「妊娠するまで別れない」と言われました。
「別れたいときは1日でも早く妊娠しろ。妊娠は卒業制作、母子手帳が卒業証書だ」と…(苦笑)
もちろん冗談で言っているのですが、一瞬はドキッとします(汗)
そして、酔っ払うとそれがエッチが終わるまで続くことになります。
「離婚したら大変だから、旦那の子として産ませてやるよ」
そっちの方がよっぽど大変だよ!!と思いつつも、私は苦笑いでした。
「旦那の戸籍で産ませるからな?返事しろ」
「はい…」
彼は架空の世界に入り込むことが好きなようで、AVなどで興奮したシーンがあるとそれを再現させられました。
このやり取りに付き合わされるのはすごく恥ずかしいのですが、嫌ではありませんでした。
彼には言いませんでしたが、私は興奮していました。
「不倫相手に妊娠まで許したら、旦那の前では二度と(アソコを)開けないぞ」
「毎月、養育費だけは振り込んでやるからなぁ」
何度も言いますが、もちろん冗談です。
私はピルを飲んでいましたし、彼はそんなことを言って相手を辱めることが好きな人でした。
「中絶は許さない。必ず出産しろ。わかったか?」
「はい…」
最終的に、彼に言われるがまま、私は「妊娠させてください」とまで言わされました。
恥ずかしさと興奮で訳がわからなくなり、一瞬だけですが、
「旦那とは血液型が違うのにどうしよう…」と真剣に考えていました。
このときのエッチが一番興奮しました。
自ら「妊娠させてください」ととんでもないことを言ったということもありますが、もうひとつ恥ずかしいことを言わされました。
「もう○○さん以外では、私のマンコは締まりません」
思い出すだけで恥ずかしいのですが、確かにそう言わされました。
人前で「マンコ」という言葉を発したのは、このときが初めてでした。
最初は「オ」を付けて言ったのですが、それは取った方が卑猥に聞こえると細かい指導を受けました(笑)
彼が言っているのは聞いたことがありました。
というか、彼が射精をする前に台詞のように私の耳元で囁く言葉がありました。
「そろそろ出すから… 今日もしっかりマンコ締めてもらおうか」
これを私の耳元で、ゆっくりしたスピードで囁いてから射精することになっていました。
アソコの締め方は、始めのころに徹底して彼に教えられました。
そのときの締まりが浅いと、「限界まで締めろォー!!」と彼に叱咤されました。
「中途半端に締めるなら、二度と締まらねぇようにしてやろうか?」とリアルに怖かったこともあります(汗)
この台詞を、その日は私切っ掛けで言わされました。
「旦那が相手でも締まらねぇのか?」
「はい…」
旦那の顔を思い浮かべると、複雑な気持ちになりました。
もう腹いせの要素は0に近かいことだけは確かでした。
彼からは、「だったら二度と旦那とヤりませんと誓え。旦那にはもう使わせませんと言え」と言われました。
アダルト動画を見ていたとき、これに近い台詞を言うシーンがあったことを思い出し、恥ずかしくなりました。
「旦那と関係を持たないまま妊娠しろ。それを旦那の戸籍で産め」
ありえないことを言われるほど興奮しました。
「おまえを妊娠させることには悦び以外に何も感じない」と言われました。
「旦那がいたって関係ない。妊娠させたいときに堂々と妊娠させる」と…
改めて思い返すと、冗談でも警察沙汰レベルのことを言われていました(笑)
「マンコ締めますから…いっぱい出してください」
私がそう言うと、彼はアソコの奥の方に押し当てるように腰を振り出しました。
小刻みになったのを感じて、射精が近づいてきたことがわかりました。
「産みますから妊娠させてください」
最後にそう言わされたのがトドメでした。
アソコの中でビクビクと彼が脈打ち、奥の方に生ぬるいお湯を流された感じがしました。
反射的にアソコの力も抜け、何とも言えない解放感が全身に伝わりました。
ペニスを引き抜いた後、彼は私のアソコをいじりながらいろいろ観察していました。
「きっともう妊娠しちゃってます」
「そうだな」
「毎月、養育費をいただくだけで結構です。あとの責任は私と旦那で…」
「わかった」
射精後で少しずつ我に返りつつあるときだったので、最後のやりとりはかなり恥ずかしさを感じました。
よくそんな台詞が思いつくなと感心もあります(笑)
彼の酔いはまだ覚めず、この日はもう一度、同じような流れでエッチしました。
その後、彼が再婚を考えて本気で付き合いたい人ができたと言われ、私たちは円満に別れました。
もちろん彼とも関係はありませんし、もう不倫をするつもりもありません。
ちなみに…その後、私は2人目を出産しましたが、もちろん旦那の子です(笑)
昨日は、約半年ぶりに有給休暇を取得し、横浜方面にある某SM専門ホテルで淫乱妻を調教してきました。
昼過ぎに自宅を出発し、早速Tバックの中にワイヤレスのピンクローターで遊んであげます。
この日は上下とも赤のランジェリーで決め、途中の高速道路では、ブラから乳首を出させオ○ニーをさせました。
非常に敏感である私の妻は、昼間からあそこは洪水状態です。
ワンピースを着ていましたが、お尻の部分は濡れて染みとなり、ホテルの手前で立ち寄ったコンビニでは、女性店員の好奇な視線を浴びていました。
勿論、コンビニで商品を選んでいる最中にリモコンローターを動かし、遊んだのは言うまでもありません。
ホテルに到着すると早速手足を拘束し、ビデオ撮影をしました。
お○○こは既に車の中で仕込んであるので、びしょびしょ状態ですが、クリを舐めてあげる程度でまだまだ入れません。
その後、私の顔の上に跨らせて舐めてやったところ、勢いよく潮を吹きました。
更に妻のリクエストに応えて、X型の拘束具に手足を縛り、ビデオ撮影をしながら、またクリを舐めてやり、バイブを出し入れしてやりました。
ここでも大量に潮を吹き、半分失神していました。
その後、お風呂に入り、たっぷりお○ん○んをしゃぶらせた後、診察台でまた手足を拘束し、長時間クリからア○ルまで舐めてやりました。
更にお○ん○とアナルに指を入れ、クリをこすってやることとバイブの出し入れを交互にやってやると5回程度失神しました。
最後にベッドで首輪をし、たっぷりおフェ○をさせていると私の淫乱妻は、恍惚の表情でしゃぶりながら、大量に潮を吹きました。
私がいった後は、淫乱妻はオ○ニーをしながらおしっ○を大量に放出しいきました。
合計6時間近く、調教してやりましたが、数十回昇天したようです。
帰りの車の中で、妻は死んだように眠っていました。
私が言うのもなんですが、妻は本当に美人です。
そこいらの女性とはレベルが違います。
その上、淫乱ですから最高の女です。
ちなみに勿論全て中出しです。
私は45歳にも関わらず、この淫乱妻の官能的なボディのために6回を放出してしまいました。
約1年振りかな?(書き込み年齢+1歳で読んでください)
僕の奴隷達を改めて紹介します。
母 :66歳 パイパン(永久脱毛)乳首とマンコにピアス(クリとアウターとインナーにリングを装着)
千尋:65歳 パイパン(永久脱毛)マンコにピアス(アウターにリングを装着)
朋子:59歳 パイパン(永久脱毛)マンコにピアス(アウターとインナーにリングを装着)
法子:50歳 パイパン(永久脱毛)
以上になります。
最近は過激なプレーはしておらず、ただ嵌めるだけのSEXをしております。
そんなばばぁ奴隷達は欲求不満で外に出ては、若い男達に声を掛けSEXを楽しんでいるようだ。
千尋のみあまり遊ばず、僕の自宅で掃除をしたり、家事をしたりと、母代わりをしてくれている。
千尋に遊ばないの?の問い掛けに、「貴方が好きで他の男性には興味がない」と言ってくれた。
それは、男として?SEX?どっちらか?と聞くと、「全て」との答え。
うれしい限りですね。
それを聞いてからは、ほぼ千尋のみにSEXをして、中出しし精子をマンコに注いであげている。
千尋曰く、中出しが最高のご褒美と喜んでくれる。
何時も自宅で全裸の生活ですから、たまには外へ連れ出そうとドライブに誘いました。
ヒラヒラのスカート(少し短め)に白のブラウス姿、もちろん下着は付けていない。
ガーターベルトを付け、ストッキングを履いている。
見た感じは、高級セレブ風の熟女。
そんな千尋連れ、2時間ほど高速に乗りドライブ。
途中、サービスエリアで休憩しながら移動。
山○湖の湖脇に車を止め、千尋に悪戯・・・。
車から降りる時にスカートが風で捲れ、マンコが丸見え状態の写真を撮ったり。
放尿・脱糞の写真を撮りきゃっきゃ言いながら楽しみました。
千尋もすごく楽しんでいて、次第に目が”とろ~り”と、しだしたのでホテルでも行くかと言うと、”うん”
車に乗りラブホをさがした。
国道沿いに看板発見。この先3K。
看板があったので、千尋に全裸になれと言い、千尋は全裸なった。
もちろん、全裸のままIN。
部屋決めにて、SMルームを選択。
部屋の中に自販機があり、ロープ・鞭、蝋燭、注射器、ローター、バイブを買いました。
まず、浣腸をして汚い物を綺麗になるまで繰り返し浣腸をした。
それからガチガチにロープで縛りベットの上に放置。
足はM脚で固定、いやらしい千尋のマンコが丸出し状態。
マンコにバイブを刺し、ローターで乳首やクリトリスを刺激、感じながら潮を、ぴゅぴゅーと噴出す始末。
蝋燭に火を付け、蝋を溜め、千尋の身体に垂らすと、物凄い大きな声で”熱い・熱い”と叫ぶ、体中に蝋を垂らし、最後はマンコにも垂らしてやった。
”あっあっあ~””う~ん・う~ん”と熱いのを我慢している。
蝋を取るのに鞭で千尋を打ち、鞭が当ると蝋が取れて全身ほんのりと赤く染まっていた。
縄を解き、強く抱きしめて千尋の要望を答えるべく強く、激しく突いた。
アナルにも挿入、バイブとペニスどちらかを穴に挿入し、最後はマンコに中出しをして終了。
21時ごろに自宅到着。
千尋の赤くなった、ミミズ腫れを見た3人のばばぁ達が言った言葉、「私達も打って」。
部屋に行き、3人を立たせたまま両腕を縛り、3人に向かって鞭の嵐。
母は、乳首にピアスがあるので、紐を付け引っ張ってやった。
3人は3時間ほどそのまま放置して、その前で千尋にガンガン付いてやったら、気絶してしまった。
気絶したままの千尋の顔に顔射してやった。
翌朝母が、ちぃーにやった事、私にしてと言ってきたので、その場でむちゃくちゃに犯してやった。
最近は、4人のばばぁマンコ穴とアナル穴、口穴で12個の穴があるのでその時の気分で使い分けている。
とても良い穴奴隷。
妻は、同い年の45歳ですが、どう見ても30代前半にしか見えないのに加え、上から93、59、89でHカップです。
昔からショーツが嫌いで、いつもノーパンか穿いてもTバックで普段からガーターベルトも着用です。
ほぼ毎日挿入しており、毎回中だしの後、お掃除もしてくれます。
身長は、163センチで見た目は、典型的な美人ですが、身体はエロく、電車の中や雑踏では必ずと言ってよいほど、男性はエロい視線を投げかけています。
先日は、ワイヤレスのピンクローターをTバックのショーツに入れさせ、車の中で動かしました。
その後、ドラッグストアでレジに並んでいる最中に動かした時の悶絶の表情は、店員にも気づかれたと思います。
先週は、某SM専門ホテルで調教をしてやりました。
まずは、備え付けの革の椅子に手足を拘束し、数十分クンニをしてやり、お○○こがぐちょぐちょになってからバイブを入れてかき混ぜてやりました。
いつも潮を吹くのですが、この日は、潮に加えおしっ○も大量に垂れ流し、何度も失神していました。
その後、ベッドでも再度手足を拘束し、肉棒で何度も突いてやったところ、また大量に潮を吹いて愛液とで布団がびしょびしょになってしまいました。
女性は、見た目と淫乱ぶりは一致しないですね。
これからも私の淫乱妻を更に調教して、より淫乱にする予定です。
父親不明の子を孕むために肉便器としてホームレス達から精液を注がれ続ける日々を重ねていった私でしたが、彼の心が少しずつ変わっていたことに気がつきませんでした。
トイレの出来事をネットの飼い主さまに報告すると「淫乱な肉壺」と更に罵られ、罰としてオ○ンコに注がれた精液をペットボトルに精液を貯めて、ベランダでペットボトルオナニーをしろと命じられました。
河川敷のホームレス達の精液を200mlほどの小さなペットボトルに数日かけて貯め、日中の午後にベランダへ裸の姿で出ると半分腐りかけの精液を溢れさせたペットボトルをオ○ンコに挿れて床に押し付けてオナニーしました。
命令では両手首を背中で拘束し、大きな声で「○○(私の名前です)は他人の精液で妊娠したい淫乱な肉便器です」と叫びながらオナニーしてイクまでオナニーを続けるというものでしたが、当時の私が住んでいたのはアパートの2階でベランダの下は細いながらも人が通る道です。(アパートの向かいにも建物がありますが、距離があるのでベランダに裸の女の姿があってもすぐに気が付かないと思える状況です)
自分では声を出したつもりでしたが、日中にこんな格好のまま大声で叫ぶことが出来ず小さな声しか出ませんでした。
僅か数分の出来事でしたが、人も車も通る道の上でオナニーする緊張感ですぐに小刻みに体を震わせてイツてしまいました。
そのことをネットの飼い主さまに報告すると命令を完遂できなかった罰として自宅の玄関の内側で同じことをするよう命じられ、両隣の住人がいない昼間に命令通り大きな声で淫乱な言葉を叫び、オ○ンコに深々と入った腐りかけの精液入りのペットボトルを床に押し付けてオナニーしました。
オナニーの途中、ペットボトルの飲み口部分が子宮口と密着し、ペットボトルの底を床へ押し付ける度にお腹の中を押し上げながら言いようのない刺激で全身を貫き、ペットボトルの底を何度も何度も床へ叩きつけ、意識が半分飛んだ状態でオ○ンコにペットボトルを入れたまま失禁しながら絶頂に達し、その姿のまま玄関に転がっていました。
そこへ彼が帰ってきたのですが、ドアを開けてみればオ○ンコにペットボトルを入れたまま肉便器が小刻みに痙攣して床をオシッコまみれにしている状態です、彼は目の前に転がる肉便器のペットボトルを足で蹴り上げ、更にオ○ンコの上から何度も靴の底で押し潰し「淫乱」とか「雌豚」などと卑下する言葉を連ね、私は蹴り上げられた衝撃と言葉で「こういうプレイなんだ」と思い、更に失禁しながらイキました。
いつもの彼ならすぐに両手を開放して起こしてくれるのですが、この日はいつもと異なり1時間以上放置され、私が起き上がって手首の枷を外して欲しいとお願いしても無視されました。
今から思えば、彼は私を愛する恋人として見られなくなっていたのかもしれません。
また、私もネットの飼い主さまとメールのやりとりを重ねるうちに彼との約束を破ろうとしていました。
その約束とは、彼にメール調教をされたいと話をした時に「ネットの飼い主とは現実に会わないこと」という内容でした。
しかし、1日に何度もメールをやりとりするうちに、ネットの飼い主さまから嬲られる言葉を浴びせられながら精子を注がれたいと思うようになり、何度も「種付けしてください」という文章と自分の住所、または指定の場所と時間を記したメールを書いては捨てる日が数日続き、しまいにはネットの飼い主さまから種付けされている自分の姿を想像しながら返事を書いていたところ、子宮が疼いて力が入らなくなってしまい返事を書き続けることが出来ずオナニーを始めてしまいました。
このままでは本当に彼との約束を破ってしまい、ネットの飼い主さまから種付けしてもらうようになると危機感を感じて私から離れました。(ネットの飼い主さまはリアルに会う気が無かったと思います、私の一方的な思い込みだったのでしょう)
その後、8月の半ばには明らかに「つわり」と思われる症状を自覚して検査したところ、陽性と出て念願の父親不明の子を孕んだ肉便器になりましたが、妊娠しても肉便器としての生活は変わらず、むしろエスカレートしていきました。
公衆便所の中でホームレス達に囲まれて精液まみれの肉便器になることも幾度かあり、たまたまトイレを訪れた人が私の顔を見ており、日中の街中で声をかけられたことが数回ありました。
他人の空似ではなく、はっきり「○○○さんでしょ」と私の名前を呼び、振り返ると私の体を舐めまわすような視線がそこにありました。
そのまま場所を変えて精液を注いでもらう事になるのですが、部屋の中に移ることは少なく、公衆便所やビルの裏で裸になって精液を注がれました。
流石に家のすぐ近くで声をかけられることも多くなり、当時の住居を知る人も出てきたので彼と別の街へ引越しました。
引っ越した先の新住居でも、近くのホームレス達に精液を注いでもらいながらお腹が大きくなるのを待っていたところ、大きな環境の変化がありました。
自分の意志で肉便器の飼い主を彼から新しい飼い主さまに変えました。
理由は色々ありますが、彼が私の面倒を見れなくなったというのがきっかけです。
また、私も表向きは妊娠五ヶ月目で堕ろすつもりでしたが、臨月になった自分の姿を見てみたいという欲求が心の奥に生じ始めていましたが、産んだ父親不明の子を一人で無事に育てられないことも理解していた不安定な時期でもありました。
新しい飼い主さまはお腹の子を堕ろさず、産んだ場合でも育てる環境を用意できると言って頂けた、その言葉を聞いて私から提案をしました。
「お腹の子を産ませてください、何度でも孕む繁殖専用の肉便器として飼ってください」と。
飼い主さまも私のことを「孕ませ甲斐がある体」と思っていたとのことで、限界はあるけど幾人か父親不明の子を孕み、産むことに賛成してくれました。
今でも私の提案は正気の沙汰ではないと思っています。
しかし、飼い主さまはお腹が膨らんだ肉便器の姿を見て喜んで頂けてますし、私もそんな姿であり続けたいと思っているのは確かなことです。
私は決して美人ではないしスタイルも良くない普通の女ですが、子宮がぼろぼろになって妊娠できなくなっても精液を注がれるだけの精液肉便器として使ってもらえるなら本望です。
新しい飼い主さまとの話を決めてから数週間後、彼と住んでいた家を離れて飼い主さまが用意してくれた家に移りました。
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